(2015年10月21日の日経ビジネスオンラインに掲載した記事を再公開しました。肩書などは掲載当時のものです)

2015年、ノーベル経済学賞を受賞したアンガス・ディートン米プリンストン大学教授(写真:ロイター/アフロ)
2015年、ノーベル経済学賞を受賞したアンガス・ディートン米プリンストン大学教授(写真:ロイター/アフロ)

 スウェーデン王立科学アカデミーとスウェーデン中央銀行は、2015年のノーベル経済学賞にプリンストン大学(米ニュージャージー州)のアンガス・ディートンを選んだ。ディートンは、1945年10月にスコットランドのエディンバラで生まれ、現在も英国と米国の両方の国籍を持っている。

 1975年に英ケンブリッジ大学で博士号を取得後、英ブリストル大学の経済学教授に就任し、1983年に米プリンストン大学に移った。アメリカ経済学会会長や世界銀行のアドバイザーなどを歴任し、今回のノーベル賞受賞となった。

 以下本稿では、彼の経済学への貢献に関し、発展途上国の貧困問題における実証分析を専門としてきた筆者の目から、解説したい。

ピケティとは対照的な不平等研究

 授賞理由は、「消費、貧困と厚生に関する分析」である。要は、人々の生活水準を決定する根本的な構成要素である消費のさまざまな側面について、我々の理解を深め、現代のミクロ経済学、マクロ経済学、そして開発経済学の刷新に貢献したことである。

 フリッシュ・メダル(エコノメトリック・ソサエティが過去5年間の最優秀論文に与える賞)の受賞から40年近くたち、今回評価された業績も基本的に1990年代までの仕事であることを考えると、ディートンのノーベル賞受賞は遅かったように思われる。ピケティの不平等研究が大いなる関心を呼んでいることが、このタイミングで受賞が決まることへの追い風になったという説もあるが、筆者にはその真偽は分からない。

 同じ不平等研究でも、ピケティの手法が所得分配の最上位層に焦点を当てたものであるのに対し、ディートンの手法は所得分配全体をバランスよく捉えた上で、分配の最下層(貧困層)に焦点を当てる点で対照的である。貧困家庭や途上国への深いシンパシーに支えられているのが、ディートンの経済学である。

消費需要関数を用いた実証分析の革新

 1978年に創設されたフリッシュ・メダルを、最初に受賞したのがディートンだった。受賞対象論文に代表されるディートンの初期の研究は、John Muellbauerとの共同研究として、「A.I.D.S.」という新しい消費需要関数のモデルに結実した。これをまとめた著作が『Economics and Consumer Behavior 』(Cambridge: Cambridge University Press, 1980)だ。

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