(2014年5月7日の日経ビジネスオンラインに掲載した記事を再編集したものです。肩書などは掲載当時のものです)

(写真:AP/アフロ)

 米シカゴ大学のゲイリー・ベッカー教授が、2014年5月3日(米国時間)にシカゴ市内の病院で亡くなった。83歳だった。ベッカー教授は1992年にノーベル経済学賞を受賞したのをはじめ、計り知れないほど数多くの業績を残してこの世を去った。

 従来、経済学や金融の分野に限られていた市場原理と価格理論を人間行動にまで適用した、シカゴ学派を代表する経済学者だった。教育、労働、差別、結婚、出産など、日常生活の範囲までにもかたくなに適用した「ベッカー理論」は、政策にも幅広く影響を与えた。

 以下は私的な追悼になるが、筆者の知っていた「ベッカー先生」について触れてみたい。

合理的選択理論の第一人者

 筆者は1990年代に米シカゴ大学大学院で社会学を専攻した。大学時代は機械工学を専攻したこともあり、社会学とはそれまで全く縁がなかった。

 一方で筆者を受け入れてくれた社会学部側では、工学部出身だったら数学ができるだろうと判断したらしく、アドバイザーには同じく工学部出身で社会学に転進されたジェームズ・コールマン先生(故人)をつけてくれた。コールマン先生は数理社会学の権威であり、同時に社会科学を通貫する「合理的選択理論」の研究でも大活躍をされた方だった。

 当時、合理的選択理論では、「社会学ではコールマン、経済学ではベッカーが第一人者」といわれていた。この2人の巨匠は、定期的に「ベッカー・コールマン・セミナー」を開催された。

 このセミナーは経済学、社会学、政治学など幅広い分野から合理的選択理論の最先端の研究が発表される場として有名になった。そしてコールマン先生を通じて、筆者はベッカー先生と出会った。

 シカゴ大学の経済学といえば、ノーベル賞受賞者が勢ぞろいしている場として有名だ。これだけすさまじいブレーンがそろっている教授陣は、学生から見れば実に恐るべき存在である。極めて競争が激しい風土の中、経済学の教官はノーベル賞を受賞されてから「良い人」になるといわれている。筆者がベッカー先生と知り合ったのはノーベル賞を受賞された後になる。受賞で和らいだのかどうかは分からないが、筆者の知っている範囲では、ベッカー先生は実に「良い人」だった。

 筆者の博士論文は、日本の受験戦争という現象に注目し、「受験戦争はペイするか」という問題をベッカー理論の中枢になる人的資本理論を使って分析したものだった。ベッカー先生には博士論文の指導教官として、大学院の最後の3年間にわたり大変お世話になった。

次ページ 師匠・フリードマンに「my teacher」