詳細はテクニカルな話になるので省くが、既存企業が独占を維持することで確保できる利益(独占利益)の方が、新参企業が参入後に期待できる利益(寡占利益)よりも大きい、という点が重要である。既存企業はライバルの参入で失う利幅が多い分、躍起になって「抜け駆け」(もしくは「先制攻撃」: pre-emption)するインセンティブが強くなる。アローは「独占」と「完全競争」しか分析しなかったが、ギルバートとニューベリーは、より現実的な「寡占競争」における戦略的均衡を考慮することで、このような新発見につながったわけだ。

 また、オーストリア出身で米ハーバード大学経済学部に勤務したヨーゼフ・シュンペーターが唱えたとされる「大企業の優れた研究開発能力」説もよく知られている(1942年の著書『資本主義・社会主義・民主主義』を参照)。独占・寡占企業は多額の留保利益を研究開発投資に回すことができるし、実際20世紀中葉には米国で、AT&Tやゼロックス、そしてIBMなど大企業の研究所が次々と科学上の新発見をもたらした。それに、新旧技術の間に多少なりとも共通点があるならば、旧技術において既存企業の培ってきた人的、知的資本は新技術の開発にも役立つはずだ。

 だが、この説には異論も多い。例えば、発想の一大転換を迫るような技術革新に際しては過去の蓄積がむしろ邪魔になる、という説もある。しかし実証研究の上では「既存企業の方が効率的にイノベーションを起こせる」という可能性も検討しておかねばならない。

 それから最後に、これら3つの理論的な力(つまり「置換効果」、「抜け駆け」、および「能力格差」)は相互作用を起こしかねないから、データ分析の際には同時に計測する必要がある。現実の経済活動は複雑だから、複数の理論的な着眼点を用意するということだ。

データだけでは「錯綜(さくそう)した事態」を語れない

 理論に根ざした実証研究が困難な第2の理由は、このくらい事態が錯綜(さくそう)してくると、「データに事実を語らせる」のが難しくなることだ。単純に、変数Y(例えば各企業の各年における特許出願件数)を変数X(例えば既存企業ダミーや業界別ダミー、それから市場の競争度など)に回帰分析するだけではラチがあかない。

 なぜなら、イノベーションと競争は「ニワトリと卵」のような関係にあるし、前述の各理論はあくまで「インセンティブ」や「能力」といった目には見えない観念的な作用についてのストーリーだからだ。そんなものは政府統計に載らないし、マーケティング会社の市場調査でも計測されない。「たくさんのデータ(ビッグデータ)があれば解決する」ような問題ではないのだ。

 近年流行した「経済学実験」(被験者を集めて、周到にデザインされた複数の「実験」で反応を比較するもの)による解決も困難だろう。企業や産業を忠実に再現するような実験は、理屈の上でもコスト面からも想定し難いし、ましてや現実の企業を被験者にするのは無理がある。

 ややとっぴな例え話になるが、「スカイダイビングにおけるパラシュートの効果」を実験によって測定することを想像してもらいたい。研究目的は「パラシュート装着の有無によって、スカイダイバーの落下速度や生存率にどれくらいの違いが出るか」を実証することだとしよう。

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