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(日経ビジネス2015年10月12日号に掲載された記事を再編集しました。肩書などは掲載当時のものです)

■お知らせ
ノーベル賞経済学者・リチャード・セイラー教授の孫弟子である本稿筆者の田中知美氏が、セイラー教授のインタビュー動画を使って行動経済学を解説するウェビナーを開催します。
開催日:2020年11月19日(木)夜8時~
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 今年9月、米国のオバマ大統領は行動経済学の知見を政策に生かすとの大統領令を発表した。米国では過去にも、米ハーバード大学のブリジット・マドリアン教授らや米シカゴ大学のリチャード・セイラー教授らによる行動経済学の研究成果を年金保護法に採用。雇用者全員を確定拠出型年金に自動的に加入させ、収入が増えれば自動的に拠出率を引き上げることを奨励した。ニュージーランドと英国も、行動経済学の研究成果を踏まえ、任意だった年金保険制度に自動加入方式を取り入れた。

 これらの年金制度改革が貯蓄行動にどう影響するのかは明らかでない。年金に頼ることができれば他の貯蓄を減らす可能性もあり、その場合改革は必ずしも有効ではないことになる。

 そこで米スタンフォード大学のラジ・チェッティ教授と共同研究者らは、年金制度改革が貯蓄率に与える影響について行動経済学的な理論モデルを構築した。そして1995年から2009年のデンマークの全成人人口の確定申告に書かれた収入および全貯蓄(公的年金、企業年金、その他貯蓄口座)のデータを使い、年金制度改革が全勤労者の貯蓄行動に与える影響を調べた。

 モデルでは、年金制度改革に反応し、老後を考え最適化行動を取り貯蓄行動を変える個人と、制度が変わっても貯蓄行動を変えない個人の2種類がいる。

 貯蓄行動を変えない理由は、対応の先延ばしや情報不足などがある。保険料、掛け金および将来の年金受給額が増える場合、最適化行動を取る個人には貯蓄を減らすインセンティブが働くが、老後の蓄えの総額は変化しない。一方、最適化行動を取らない個人は保険料や将来の受給額が増えても貯蓄を減らさず、老後の蓄えの総額が増える。

 研究の結果、保険料の支払額が上昇しても85%の人々が貯蓄行動を変えなかった。これは確定拠出年金でも同様で、掛け金が上がっても82%が貯蓄を減らさず消費を抑え、結果的に老後の受取額が大幅に上昇した。