(2013年6月17日の日経ビジネスオンラインに掲載したものを再編集しました。肩書などは掲載当時のものです)

日経ビジネス別冊「新しい経済の教科書2013~2014年版」では、「制度と貧困の経済学」を特集して、米マサチューセッツ工科大学(MIT)のダロン・アセモグル教授とエスター・デュフロ教授の特別インタビューを掲載した。オンラインの本稿ではさらに、澤田康幸・東京大学教授が、貧困研究の歴史とその展開について詳細に解説する。

 「貧乏」というと、自分には縁遠い話と感じる読者がいるかもしれない。例えば、1984年のバブル初期に発売され、ベストセラーとなった渡辺和博の「金魂巻」を覚えている読者も多いであろう。「マルキン」・「マルビ」というラベルで医者のような職業でもビンボーがいる「驚き」を描き、一世を風靡した。

 だが、日本における「格差社会」「生活保護受給者の増大」は、まさに貧困問題の現れである。特に貧困高齢者の健康状態は劣悪だ。他方、日本の子供の貧困率も経済協力開発機構(OECD)諸国の中ではより深刻なグループに属している。そして、貧困が世代を超えて再生産されている可能性も大いにある。こうした日本の「貧乏」の問題が、失われた20年に特有の問題かといえば、そうでもなさそうだ。貧困の問題は、長らく日本の経済学の中心的な課題だった。

大正時代に日本で紹介された経済学の貧困研究

 例えば代表的なマルクス経済学者だった京都帝国大学(現・京都大学)の河上肇教授は1916年(大正5年)の9月から約3か月間、大阪朝日新聞の一般読者向けに「貧乏物語」を連載している。これは恐らく、日本で初めて本格的に経済学的な貧困研究を紹介した作品だろう。

 この「貧乏物語」の、特に上編と中編を読んで感心することが4つある。第1に、全体として実証主義を貫いている点だ。主に当時の英国における貧困研究が、データと共に手際よく紹介されている。貧困問題の実証研究が英国から始まっていることが分かると同時に、こうしたエビデンスに基づく議論は、「マル経」を感じさせない。

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