(「日経ビジネス」2010年3月29日号に掲載された記事を再編集したものです。肩書などは掲載当時のものです)

 日本経済はここ20年ほど、低い経済成長率から抜け出せずにいる。長期の低迷から脱出するには短期的な景気刺激策では不十分で、長期的な成長戦略が必要と考えるのは自然である。

新規参入と競争はイノベーションの重要な要因

 イノベーション(新しい技術や新製品の導入)が経済成長の最も重要なエンジンであることは経済成長理論の基本であり、多くの実証分析もその重要性を明らかにしてきた。近年の多くの研究は、さらにどのような経済環境や政策がイノベーションを促進するのかに重点を移している。

 近年の研究により様々な要因がイノベーションに影響することが分かってきたが、競争とそれにつながる新企業・新事業所の参入はその中でも重要な要因である。競争がイノベーションを促進する効果を持つことは、筆者を含め多くの研究者によって理論的に明らかにされてきた。最近は特に、米国ハーバード大学経済学部のフィリップ・アギオン教授らのグループをはじめとする実証研究の進展が著しい。

 では、競争はなぜイノベーションを促進するのか。例えば、あるハイテク産業における独占的なリーダー企業を考えてみよう。もしもこの産業が政府による規制に守られていて、リーダーの地位が安泰ならば、この企業はよりよい新製品を開発しようという動機をあまり持たない。

 一方、反対に参入が簡単だとしてみよう。新たに参入する企業にとっては、新製品を開発する動機は現在のリーダーよりも大きい。なぜなら、新しい企業にとって新製品の開発は、市場のシェアを広げるチャンスともなるからだ。

 そして競合する企業が次々に参入してくる産業では、既存の企業も追いつき追い抜かれぬよう、イノベーションを活発化させる。競争的な産業においては、このように企業が切磋琢磨(せっさたくま)しながらお互いの技術や製品の質を高めていくことができる。

 ここで日本経済を見てみよう。日本経済は米国経済に比べて企業・事業所の参入・退出が極端に少ない。上のグラフは日米の事業所の参入・退出率を示しているが、日本の参入・退出率は米国の半分以下である。産業の新陳代謝を高め、既存企業の生産性をさらに高めるには、参入をさらに促進させる政策が必要であることは明らかだ。

 もちろん、競争には負の側面もある。まず、競争は必ず敗者を生む。運悪く開発競争に敗れた結果、倒産や失業の憂き目を見る人々も出るだろう。このような人々のために「敗者復活」できる仕組みやセーフティーネット(安全網)を備えることは政府の役割だ。それは敗者の痛みを和らげるだけでなく、参入への恐れをなくす効果も持つ。

マイナス効果よりプラス効果大

 他方、従来はこんな指摘もなされてきた。開発者に将来の独占的な利益を保証することがイノベーションの動機づけになり、競争はかえってイノベーションにマイナスの効果を持つという議論である。だが独占的な産業では、競争によるイノベーション促進効果の方が、この効果よりも大きいことが最近の実証研究で示されている。

 不況の時期には特に、競争を制限して既存の企業を守ろうとする政治的な誘惑がつきまとう。参入が盛んな米国の製造業においてさえも、不況期には事業所の参入が自然に激減することが、韓国西江大学経済学部のリー・ユンスー助教授と筆者との最近の共同研究で明らかになった。その意味では、不況の時こそ参入を促進する政策が必要なのである。

 日本政府の産業政策は特定産業をターゲットとすることが多い。しかし、新技術や新製品を見極める政府の力には限界がある。それより産業の新陳代謝を進め、経済全体の競争を促進して企業の創造的なイノベーションを成長のエンジンにする方が、より効果的ではないだろうか。

本稿の参考文献

Toshihiko Mukoyama, Innovation, imitation, and growth with cumulative technology, Journal of Monetary Economics March 2003, pages 361-380,
Philippe Aghion, Nick Bloom, Richard Blundell, Rachel Griffith, Peter Howitt,Competition and Innovation: an Inverted-U Relationship, The Quarterly Journal of Economics, Volume 120, Issue 2, May 2005, Pages 701-728
Toshihiko Mukoyama, On the Establishment Dynamics in the United States and Japan,Institute for Monetary and Economic studies, November 2009
Yoonsoo Lee, Entry and exit of manufacturing plants over the business cycle, European Economic Review, Volume 77, July 2015, Pages 20-27
Hernan J. Moscoso Boedo and Toshihiko Mukoyama, Evaluating the effects of entry regulations and firing costs on international income differences,Springer, 05 January 2012

この記事はシリーズ「新しい経済の教科書 Lesson4 リバランスの経済学」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。