IT革新を牽引してきた「用途」は戦争、商売、交通

(み):今回からはズバリITがテーマです。その名の通り「情報技術」なのですけれど、そこには3つの側面があると思っています。第1はそこで使われる「技術」そのもの。手旗信号、有線、無線、4G、5Gといろいろなレベルのものがあるでしょう。次にそこで何が流れるのかという「コンテンツ」。最後が「用途」です。要するに何を目的としたことなのか。戦争かビジネスか。

 その全部がITで、3つが複雑に絡み合いながら進化してきています。歴史的に見ていくと、多くの新規事業がそうであるように、用途(ニーズ)が先のときもあれば、技術(シーズ)が先のときもあります。過去、ITを引っ張ってきた最大の用途は戦争でした。他にも商売(含む金融)があり、そしてもう一つ大きな用途が交通であったでしょう。

 まずは戦争からいきましょうか。

古代中国の狼煙と直道

(守):中国でいうと、最初の大々的な情報伝達技術は「狼煙(のろし)」です。狼煙は大昔から使われていたようですけれども、資料にあまり残っていません。ただ連載第1回でとりあげた、周王朝の遷都(紀元前770年、西周から東周に替わる際、秦が警備に就いて勃興した: 第1回参照) に関わりがあります。なぜ西周がダメになったのか。伝説によると、褒姒(ほうじ)という笑わない妃(きさき)がいて、王(幽王)が笑わせようといろいろやっている中で、間違えて兵乱の合図の狼煙を上げたら、「すわっ、一大事」と軍勢が集まった。でも何事もないので右往左往。それを見て妃が笑ったと。以来幽王が、妃を笑わせるために何もないのに狼煙を上げ続けていたら、ついには、皆の信用をなくして内乱が起こったというのです。だから、狼煙がこの時代、大々的に使われていたこと、それが重要な連絡手段であったことは間違いありません。

 その後、『史記』(紀元前91年)に、「魏(*1)の国には狼煙のネットワークがあって、情報がすぐ伝わってきた」という記述があります。戦争では、正しい情報が迅速に伝わるかどうかが生死を分けますから、当時の国々にとって狼煙ネットワークは必須だったのでしょう。

 あと秦がすごいのが、「直道(ちょくどう)」という軍用道路を整備したことです。最大の外敵であった遊牧民(匈奴)と接する辺境と西安とを、一本道で結ぶようにしてしまったのです。

(み):それ、『キングダム』にも出てきたやつですね! 秦は世界最古の高速道路網を整備していたと聞きます。

(守):その中でも特別なのがこの直道です。山を削って谷を埋めてほとんど同じ高さにした幅30-50mの一本道を、750kmにわたってつくり上げ、辺境から迅速に情報が来るようにしたのです。これは『史記』に書いてはあったのですが、最近まで確認されていませんでした。でも衛星写真から妙に真っすぐになっている、凸凹がない場所が発見されました。これは怪しいと現地調査をしたら、その直道の跡だったのです。

 秦はこのように、戦争目的での情報網をいろいろ構築しましたが、これらが完全に整ったのが漢王朝です。漢王朝のときはかなり細かく、狼煙、旗、夜はかがり火を焚くなど、いろいろな手段で細かい情報まで素早く伝えていたようです。

(み):それでも辺境で狼煙を上げる人たちは命懸けですね。翌日援軍が来るわけでもないでしょうから。

(守):そうでもないんです。辺境には点々と見張り台があって、遊牧民が攻めてくると狼煙を上げてその情報だけを伝え、あとは高い壁に囲まれた見張り台にこもります。点在する軍事拠点に情報が届くと、すぐ軍隊を出動させて、遊牧民を追い払う作戦でした。

 漢王朝でもう一つ特徴的なのが、当時の漢民族がとにかく律儀で細かかったこと。近年、砂漠地帯でいろいろな資料が発掘されてわかったことですが、ゴビ砂漠手前のような辺境の拠点まで、すごく細かい行政文書を本部とやりとりしていました。以後の中国人にはない律儀さ、細やかさだと歴史的にはいわれています。

 その後、漢王朝が滅び、三国志を経て、南北朝時代になって、もともといた漢民族と遊牧民たちとのハイブリッドが起こるようになります。その結果、遊牧民が出自の王家を持つ隋王朝や唐王朝ができるという流れなのですが、その結果、昔ほどの律儀さや細やかさはないけれども、もう少しやることのスケールが大きい民族性に変わったといわれています。「ハイブリッドのおかげで、沈滞していた中国にカツが入った」と言った学者さんもいました(笑)

(み):ふむふむ。情報技術の用途が、「戦争」から「行政」に変化したわけですね。内憂外患でいえば、外患対応が一段落したから、内憂対策に勤しんだと。

*1 紀元前11世紀に周から分かれた。春秋戦国12列侯の1つ。

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