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日本製品の「信用」が揺らいでいる

(守):今、信用という話が出たのですが、日本の商人や、メイド・イン・ジャパン製品の信用度って時代によってかなり乱高下しているんです。たとえば明治時代、意外なようですが日本の商人は信用できないと海外から見なされていました。日本の農商務省が明治十八年に出した最初の経済白書である『興業意見』にも、こんなことが書いてあります。
 「商は規律もなく営む故、詐欺を以て商業の本旨なりと見做さるゝに至れり(商業は規律もなく営まれているため、詐欺こそ商業の本質と見なされるようになった)」

 一例をあげますと、Black&Whiteは英国の伝統あるスコッチウィスキーのブランドですが、当時の日本はそれを真似てロゴを左右入れ替えただけのWhite&Blackを出すなど、パクリ商品だらけで、しかも中身は粗悪品。やりたい放題だったのです。

 渋沢栄一は明治35年(1902年)に欧米を歴訪した際、英国の商人から「日本の商人は本当に信用できない。このままでは取引できないから何とかしてほしい」と言われて、真っ青になりました。帰国後あわてて説いたのが商業道徳の重要さであり、晩年には「論語と算盤」や「道徳経済合一説」といった有名なモットーを広めようとします。今のままではマズい、信用がないと「国際日本」が成り立たない、グローバルな商売ができないと熱心に教育し始めたのです。

 ちなみにひとつ前の江戸時代には「近江商人の三方よし」(*1)や「石門心学」(*2)といった、有名な商業道徳があったはず。どこに消えたのかという感じですが、この手の話って一方的に持ち上げられすぎている嫌いがあるんです。経済学者の武田晴人先生がこんな指摘をしています。
 「近世期に成長した商人たちには、近江・伊勢などの出身者が多かったが、彼らは、かげでは『近江泥棒、伊勢乞食』と軽蔑を込めて呼ばれたし、天下の台所を切り回す大坂の商人たちは『上方の贅六』と笑われたという」「宮本常一氏は、元来『旅の恥はかきすて』という言葉と『商人と屏風は直(すぐ)うちゃ立たぬ』とは同一の意味を持つもので、商売に正直では商人としては立身できないことを言い表していると書いている」(*3)

 結局、顧客と長い取引関係を続けていく状況であれば「信用」が何より重視されるし、そのための教訓や道徳、哲学も発展していくわけです。一方で、観光地のぼったくり商売のように、一見さん相手に暴利が貪れるし、悪さがバレても逃げればOKという環境であれば、そのように振る舞う商人が大量に出てきてしまうのです。

 明治の初期は、急速な近代化、資本主義化が進んでしまい「拝金主義」「儲けたモノ勝ち」の風潮が蔓延してしまい、商業道徳も地に堕ちてしまったのです。

(み):第二次世界大戦後の日本も一時期「安ろう悪かろう」の代名詞でしたが、明治時代の初期も同じだったんですね。

(守):確かに戦後も、日本製品に対する信用度は激変しました。映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3」(*4)に象徴的なシーンがあって、デロリアン号の故障の原因となった回路の部品を見て、年配のドクは、「部品がダメなのもわかる、メイド・イン・ジャパンだ」と言うんです。ところが若いマーティが「何言ってんの、メイド・イン・ジャパンは最高じゃん」と言い返すセリフがあります。それくらい良い意味で評価は変わったんです。だけど、最近またそれが崩れてきた気がしています。

(み):確かに。2008年に発覚したタカタ製エアバッグのリコールは典型です。リコール対象が世界で1億台、取り替え費用は総額1兆円(推定)と巨額なものとなりました。それだけでなく、米交通安全局はタカタが適切な対応や情報開示を怠ったとして最大2億ドルにのぼる民事制裁金を課しました。

 ここまで行かずとも、老舗料亭(船場吉兆)による産地偽装や食べ残し品提供、大手デベロッパー(三井不動産、三菱地所、住友不動産など)による欠陥マンション、大手タイヤメーカー(東洋ゴム工業(*5))による4度の性能偽装や改竄(*6)などなど、枚挙にいとまがありません。『七つの会議』(池井戸潤)も真っ青です。

(守):中国は90年代に市場を資本主義化すると、最初は戦後の日本と同じで、結構ひどいものを作っていて、海外からの評価も散々でした。今から考えれば、最初に市場を開放したとき、鄧小平が「金持ちになれる奴からなれ」みたいに言ってしまったのが、「拝金主義」蔓延の元凶だったのかもしれません。でもある時期から中国も、これではまずいと思って、「経済に道徳を入れよう」という動きが強まりました。今や、『論語と算盤』の中国・繁体字訳が9種類も出ています。すごく注目されているんです。

 この理由としては、やはり拝金主義では健全な商売が続かないし、経済成長だけでは幸福度が上がらないことを実感してしまったからだと思います。こうした流れから2002年以降、中国政府が孔子や『論語』を称揚し始めましたし(*7)、最近では社会信用システム(*8)の導入に至っているわけです。ビジネスの方でも今、実際に中国製品の品質は確実に上がっているようです。ソニー幹部の知人が「ファーウェイは本当にすごい」「みんなものづくりの精神を持っていて、うちでもかなわないかもしれない」とまで言っていました。信用されていた頃の日本に、中国全体が近づいてきている面があります。

 そのような中で、日本は中国に負けない信用、品質、魅力を持った何かをつくらなければグローバル市場で勝てなくなってきているんでしょうね。

*1:「売り手良し」「買い手良し」「世間良し」という近江商人の心得
*2:江戸時代の儒者・石田梅岩(1685~1744)が広げた商業道徳
*3:『日本人の経済観念』武田晴人 岩波現代文庫
*4:ロバート・ゼメキス監督 1990年公開
*5:2019年1月、トーヨータイヤに社名変更
*6: 断熱パネル(2007、認定基準の1/3の性能しかない)、免震ゴム(2015)、防振ゴム(2015)、シートリング(2017)
*7:文化大革命のさいには弾圧の対象だった孔子や『論語』が、2002年の胡錦濤、温家宝による胡温体制始動以降、一転して04年の孔子学院の設立、2009年の映画『孔子の教え』、2011年のテレビドラマ『恕の人 孔子』などに象徴されるように見直され、称揚されていった
*8:スマホ等からの個人情報をもとにして、各個人に信用スコアを割り当て、その点数の高下によって利便性や社会的権利が変動するシステム