この対談企画では、戦略コンサルタントとして活躍し『経営戦略全史』の著者として知られる三谷宏治氏、そして『孫子』や『論語』、渋沢栄一など中国古典や歴史上の人物の知恵を現代に活かす研究家の守屋淳氏が、縦横無尽に世界の歴史や企業経営に斬り込み、現代日本の課題解決につながるヒントを探り、語り合います。
前回は、海外展開やグローバル化が難しい理由、そしてその壁を突破した国家や海外企業たちと、その力の根源を紹介しました。今回は、日本企業の海外展開について、歴史的背景も踏まえて語り合います。
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ORIENT:原義は「口ーマから東の方向」。時代によりそれはメソポタミアやエジプト、 トルコなど中近東、東ヨーロッバ、東南アジアのことをさした。転じて「方向付ける」 「重視する」 「新しい状況に合わせる」の意味に。
プロローグ:敬三、喜三、容三の決断
自転車レースを見つめる島野喜三(2018)(写真=NurPhoto / Getty Images)
旋盤1台を元手に創業してから60年後の1981年、シマノは世界有数の自転車部品メーカーにまでなっていた。61年には米国に、72年には欧州に進出し、高品質な自転車部品がユーザーや自転車メーカーに評価された。しかしまだ、ブランド力では近代自転車の祖である伊カンパニョーロに勝てなかった。プロチームは使うことすらしてくれず、結果、ロードバイクでのシェアも伸びなかった。
そこに大きなチャンスが訪れた。それは自転車の本場欧州ではなく、米国西海岸サンフランシスコ郊外の山道から始まった。若者たちが未舗装路を駆け下る遊びを始めたのだ。そのために改造車がつくられMTB(マウンテンバイク)と名付けられたが、強烈な振動や衝撃、砂や泥水に晒され、自転車部品にはあまりに過酷な環境だった。しかし、その熱狂的な遊びはブームになろうとしていた。
ある夜、島野敬三、喜三、容三の3人は、国際電話で議論を戦わせた。米国駐在で西海岸に住む喜三(後の4代目社長)は、MTB部品の開発を訴えた。「この自転車は絶対に伸びる」。しかし開発担当の兄敬三がたしなめた。「そんなこと、簡単に言うな」「これをやるとなったら、今予定している開発計画は2年くらい中断して、技術陣をすべて集中せないかん。もし失敗したら次に出す製品が間に合わん。倒産に近いことになるかもしれん」
結局、4時間の激論の末、MTB部品開発は決断され、翌82年には完全オリジナルのMTB部品セット『Deore XT』が発売され、大ヒットとなった。MTBブームは欧州へと広がり、91年にはMTB世界市場1850万台のうち、欧州が過半を占めるまでになった。MTBの誕生を支え、世界に広げたシマノはそこでのトップブランドとなった。あのカンパニョーロを超えたのだ。
シマノは今や、スポーツ自転車向け部品で世界シェア85%。欧米亜のすべてで成功し売上高は3600億円、国内売上高は1割に過ぎない稀有な世界企業である。しかし自転車の電動化が進む中、今の競合は独ボッシュ(売上10兆円)だ。
グローバル化がやりやすいのは消費財より生産財、完成品より部品
(守屋、以下守):前回に引き続き、企業のグローバル化について話していきたいと思います。世界が凸凹であることがグローバル化を阻んでいるとのことでしたが、業種や商品によって差はあるのでしょうか。
(三谷、以下み):やはり消費財の方が地域差はずっと大きいです。でも生産財(モノを作るための機械や原材料)はどこでも大差がないので地域差は小さい。それに完成品よりも部品の方が差が小さいですよね。なので、国による差は「消費者向けの完成品」が一番大きくて、「生産財向けの部品」が一番小さいわけです。それの典型例は、日本が得意とする小さい電子部品で、ひとつひとつはとてもニッチな市場ですが、世界を相手にできるので、成功すれば大きいです。村田製作所やTDKがその例です。
ソニーもその恩恵を受けています。2013年末に販売を開始したPlayStation 4が累計1億台以上と大ヒットし、毎年数千億円の利益を上げた訳ですが、使われる電子部品も結構自分でつくっているので、そこでも儲けています。特にデジタルカメラやスマートフォン、ドライブレコーダーなどで使われるCMOS型のイメージセンサー(撮像素子)がありますが、最近スマートフォンが、2眼、3眼となってきたので1台当たりの使用数が倍、3倍となり、2010年から9年で市場規模が4倍にもなりました。ソニーはその184億ドルの市場で、シェア50%を誇っています。ダントツの1位で、2位のサムスン電子の2.5倍です。
今やソニーのイメージセンサーは、「このドライブレコーダーはソニーの撮像素子を使っている」というと、消費者に「なら性能は大丈夫」と思ってもらえるようなキーの電子部品になっています。そうなると本当に強いですよね。
でも、それはやはり完成品というよりは部品だからそれが可能なのだと思います。日本人はそのような地域差がないところで戦うのがいいのでしょう。あまり差があるものは管理するのが大変だから、共通のもので済んで、品質で勝負できて、信用が効くものが一番戦いやすいのだろうと思います。
日本製品の「信用」が揺らいでいる
(守):今、信用という話が出たのですが、日本の商人や、メイド・イン・ジャパン製品の信用度って時代によってかなり乱高下しているんです。たとえば明治時代、意外なようですが日本の商人は信用できないと海外から見なされていました。日本の農商務省が明治十八年に出した最初の経済白書である『興業意見』にも、こんなことが書いてあります。
「商は規律もなく営む故、詐欺を以て商業の本旨なりと見做さるゝに至れり(商業は規律もなく営まれているため、詐欺こそ商業の本質と見なされるようになった)」
一例をあげますと、Black&Whiteは英国の伝統あるスコッチウィスキーのブランドですが、当時の日本はそれを真似てロゴを左右入れ替えただけのWhite&Blackを出すなど、パクリ商品だらけで、しかも中身は粗悪品。やりたい放題だったのです。
渋沢栄一は明治35年(1902年)に欧米を歴訪した際、英国の商人から「日本の商人は本当に信用できない。このままでは取引できないから何とかしてほしい」と言われて、真っ青になりました。帰国後あわてて説いたのが商業道徳の重要さであり、晩年には「論語と算盤」や「道徳経済合一説」といった有名なモットーを広めようとします。今のままではマズい、信用がないと「国際日本」が成り立たない、グローバルな商売ができないと熱心に教育し始めたのです。
ちなみにひとつ前の江戸時代には「近江商人の三方よし」(*1)や「石門心学」(*2)といった、有名な商業道徳があったはず。どこに消えたのかという感じですが、この手の話って一方的に持ち上げられすぎている嫌いがあるんです。経済学者の武田晴人先生がこんな指摘をしています。
「近世期に成長した商人たちには、近江・伊勢などの出身者が多かったが、彼らは、かげでは『近江泥棒、伊勢乞食』と軽蔑を込めて呼ばれたし、天下の台所を切り回す大坂の商人たちは『上方の贅六』と笑われたという」「宮本常一氏は、元来『旅の恥はかきすて』という言葉と『商人と屏風は直(すぐ)うちゃ立たぬ』とは同一の意味を持つもので、商売に正直では商人としては立身できないことを言い表していると書いている」(*3)
結局、顧客と長い取引関係を続けていく状況であれば「信用」が何より重視されるし、そのための教訓や道徳、哲学も発展していくわけです。一方で、観光地のぼったくり商売のように、一見さん相手に暴利が貪れるし、悪さがバレても逃げればOKという環境であれば、そのように振る舞う商人が大量に出てきてしまうのです。
明治の初期は、急速な近代化、資本主義化が進んでしまい「拝金主義」「儲けたモノ勝ち」の風潮が蔓延してしまい、商業道徳も地に堕ちてしまったのです。
(み):第二次世界大戦後の日本も一時期「安ろう悪かろう」の代名詞でしたが、明治時代の初期も同じだったんですね。
(守):確かに戦後も、日本製品に対する信用度は激変しました。映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3」(*4)に象徴的なシーンがあって、デロリアン号の故障の原因となった回路の部品を見て、年配のドクは、「部品がダメなのもわかる、メイド・イン・ジャパンだ」と言うんです。ところが若いマーティが「何言ってんの、メイド・イン・ジャパンは最高じゃん」と言い返すセリフがあります。それくらい良い意味で評価は変わったんです。だけど、最近またそれが崩れてきた気がしています。
(み):確かに。2008年に発覚したタカタ製エアバッグのリコールは典型です。リコール対象が世界で1億台、取り替え費用は総額1兆円(推定)と巨額なものとなりました。それだけでなく、米交通安全局はタカタが適切な対応や情報開示を怠ったとして最大2億ドルにのぼる民事制裁金を課しました。
ここまで行かずとも、老舗料亭(船場吉兆)による産地偽装や食べ残し品提供、大手デベロッパー(三井不動産、三菱地所、住友不動産など)による欠陥マンション、大手タイヤメーカー(東洋ゴム工業(*5))による4度の性能偽装や改竄(*6)などなど、枚挙にいとまがありません。『七つの会議』(池井戸潤)も真っ青です。
(守):中国は90年代に市場を資本主義化すると、最初は戦後の日本と同じで、結構ひどいものを作っていて、海外からの評価も散々でした。今から考えれば、最初に市場を開放したとき、鄧小平が「金持ちになれる奴からなれ」みたいに言ってしまったのが、「拝金主義」蔓延の元凶だったのかもしれません。でもある時期から中国も、これではまずいと思って、「経済に道徳を入れよう」という動きが強まりました。今や、『論語と算盤』の中国・繁体字訳が9種類も出ています。すごく注目されているんです。
この理由としては、やはり拝金主義では健全な商売が続かないし、経済成長だけでは幸福度が上がらないことを実感してしまったからだと思います。こうした流れから2002年以降、中国政府が孔子や『論語』を称揚し始めましたし(*7)、最近では社会信用システム(*8)の導入に至っているわけです。ビジネスの方でも今、実際に中国製品の品質は確実に上がっているようです。ソニー幹部の知人が「ファーウェイは本当にすごい」「みんなものづくりの精神を持っていて、うちでもかなわないかもしれない」とまで言っていました。信用されていた頃の日本に、中国全体が近づいてきている面があります。
そのような中で、日本は中国に負けない信用、品質、魅力を持った何かをつくらなければグローバル市場で勝てなくなってきているんでしょうね。
*1:「売り手良し」「買い手良し」「世間良し」という近江商人の心得
*2:江戸時代の儒者・石田梅岩(1685~1744)が広げた商業道徳
*3:『日本人の経済観念』武田晴人 岩波現代文庫
*4:ロバート・ゼメキス監督 1990年公開
*5:2019年1月、トーヨータイヤに社名変更
*6: 断熱パネル(2007、認定基準の1/3の性能しかない)、免震ゴム(2015)、防振ゴム(2015)、シートリング(2017)
*7:文化大革命のさいには弾圧の対象だった孔子や『論語』が、2002年の胡錦濤、温家宝による胡温体制始動以降、一転して04年の孔子学院の設立、2009年の映画『孔子の教え』、2011年のテレビドラマ『恕の人 孔子』などに象徴されるように見直され、称揚されていった
*8:スマホ等からの個人情報をもとにして、各個人に信用スコアを割り当て、その点数の高下によって利便性や社会的権利が変動するシステム
それでもグローバル化を成功させた消費財企業:ネスレ、LVMH
(み):世界は凸凹・ギザギザだと言ったのは、『クリエイティブ・クラスの世紀』を書いたリチャード・フロリダと、パンカジ・ゲマワットです。ゲマワットは最年少でハーバード・ビジネススクールの正教授になった天才ですが、『Why the world is not flat?(なぜ世界はフラットではないのか)』という論文や『Redefining Global Strategy(邦訳:コークの味は国ごとに違うべきか)』という本を書いて、いかに世界には多くの地域差があるのか(CAGE理論(*9))、そしてそれへの対応策(AAA戦略(*10))を論じています。
文化的にも制度的にも世界の地域差はまだまだ激しいのです。ただ、その地域差が激しい消費財、しかも最終的な商品の中でも、グローバル企業はどんどん生まれていて、食品でも世界は10大グループに収まりつつあります。ネスレが最大の企業で売上10兆円。アサヒやキリンは2兆円、だから5倍の差。時価総額は何と15倍の差(*11)があります。なぜそうなるかというと、時価総額は結局その企業の利益――キャッシュフローが将来どれぐらい上がり続けるとみんなが見ているのかで決まります。ゆえにネスレの利益率や成長率は、日本企業の3倍以上と見られているということ。そんな巨大プレイヤーが、より多くのブランドを飲み込み、成長していきます。
もっと面白いのは高級ブランドの集約化です。服飾ブランド、バッグ、時計などの高級ブランドの多くを、今はLVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)、リシュモン、ケリングの3大グループが支配しています。独立系で残っている有名なものは、シャネル、エルメス、ティファニー(*12)、アルマーニくらい。最大のLVMHは、ルイ・ヴィトン、モエ・エ・シャンドン、ヘネシーの他に、クリスチャン・ディオール、ロエベ、セリーヌ、ケンゾー、ブルガリ、フェンディ、ジバンシーなどを傘下に収めています。
さて、ここで問題です。なぜ高級ブランドはグループ化するのでしょうか。なぜみんな大手の傘下に入ろうとするのでしょうか。
スイス、レマン湖畔のネスレ本社(Bloomberg / Getty Images)
(守):お互いにお互いの資産を融通し合えるから。特に販売のネットワークやノウハウ、あとは、もしかして原材料が安く買えるからとか?
(み):ちょっとかすってるかも。
(守):う~ん、では高級ブランドなので、顧客情報が貴重ですよね。それをブランド間でシェアできるから!
(み):それは絶対やりません(笑)
(守):がっくし、浅はかでした・・・・・・。
(み):基本的には製品を作る面においても、販売する面においても、直接的にブランド間の機能やノウハウ、情報を共有化することはありません。それは、高級ブランドにおいて最も大切なオリジナリティ、独自性を失うことにつながるからです。特に顧客情報の共有は絶対にしません。顧客はLVMHのファンな訳ではなく、その特定のブランドが好きなだけなのです。「ルイ・ヴィトンが好き」な人に「セリーヌはどうですか?」とDMを送ってもマイナスになるだけです。
だから、一見、共有してるものは何もないように見えます。でも、どんどんグループ化しているのは、世界が凸凹だからなのです。フラットだったら、各ブランドは独自に世界展開していけばいい。差がないのだから簡単です。でも凸凹だから、単独で海外市場をひとつひとつ攻略していくのは手間も時間もお金もかかります。でもLVMHグループの傘下であれば、世界中の国で既にビジネスをやっています。ツテもノウハウも資金力もあるのだから、展開はとても容易になるでしょう。
その背景には、この20年間の「世界の膨張」があります。2002年以降、世界の総GDPは2倍以上になりました。その成長は主に新興国と呼ばれる地域からもたらされました。中国を筆頭としたBRICSはもちろん、東欧諸国や東南アジア諸国。高級ブランドの需要も、世界中のいろいろな国で一気に広がりました。
だから、大手の傘下に入ることで、個別の高級ブランドが自分で頑張って展開していくより、ずっと速いスピードで、より多くの売上や利益を上げることができる。先ほどの時価総額でいうと、そのブランドに何倍もの価値が出るわけです。だから買収が成立します。
(守):なるほど。デジタルにならないアナログ的障害を乗り越えていく力そのものが、売りになるんですね。
*9:差異を分析する4つの切り口がCAGE。Cultural(文化的)、Administrative /political(制度的・政治的)、Geographical(地理的)、Economic(経済的)の頭文字
*10:Adaptation(適応)とAggregation(集約)、国ごとの差異を活用するArbitrage(裁定)の頭文字
*11:アサヒやキリンは時価総額が約2兆円。ネスレは時価総額が約30兆円
*12:LVMHは2019年11月、ティファニーとその買収(総額1.7兆円)について合意に至ったが、新型コロナウイルスの影響を理由に、2020年9月その撤回を表明した。互いに提訴する泥仕合となったが、10月末に契約が結ばれた
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