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 この対談企画では、戦略コンサルタントとして活躍し『経営戦略全史』の著者として知られる三谷宏治氏、そして『孫子』や『論語』、渋沢栄一など中国古典や歴史上の人物の知恵を現代に活かす研究家の守屋淳氏が、縦横無尽に世界の歴史や企業経営に斬り込み、現代日本の課題解決につながるヒントを探り、語り合います。

 前2回は、「人材育成」をテーマに、日本企業における問題点や、自発的に思考できる人材の教育法まで話が広がっていきました。

 今回と次回は、「グローバル化」をテーマに、海外展開がなぜ難しいのかの分析とともに、その壁を破った国の歴史的事例や、個別企業の事例を取り上げます。

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ORIENT:原義は「口ーマから東の方向」。時代によりそれはメソポタミアやエジプト、 トルコなど中近東、東ヨーロッバ、東南アジアのことをさした。転じて「方向付ける」 「重視する」 「新しい状況に合わせる」の意味に。

プロローグ:漱石の嘆き

夏目漱石(写真:ユニフォトプレス)

 本当に最近は「国家」がどうだ「日本人」がどうだと、うるさくて敵わない。

 江戸・牛込馬場下町の名主の家に生まれたが、明治維新の混乱に巻き込まれてすぐに里子に出された。姉が救出してくれたが、それからも出されたり戻されたり。望まれずに生まれた末っ子五男の人生なんて、暗くて冷たいものだった。

 頭が良かったお陰で、帝大を出て職も得たが、イヤになって松山に逃げて高校教師になった。33歳で官費留学生となったが、ロンドンの大学にもさして学ぶものはなく、下宿屋で神経衰弱になっただけだった。

 いや、学びはあった。それは「西洋人の言うことに盲従・受け売りしても意味はない」「自分自身の意見を持たねばならない」ということ。イギリスという国は大変自由を尊ぶ国であるが、あれほど秩序が行き届いた国もない。子どもの頃から自分の自由を愛するとともに、他人の自由も尊ぶように教育を受けてきたからだ。ゆえに個人が政府を非難したからといって、警察がそれを取り締まったり警官が家を取り巻いたりすることもない。これこそが個人主義というものだ。

 しかし今、日本は「国家」に取り憑かれている。「日本人」たるもの国家を第一に考えよと喧しい。確かに今の日本は小国で貧しい。だからと言ってすぐ大国にと焦ることもない。誰しも、自国が存亡の危機になれば自然と国のことを考えよう。その程度で良いのだ。

 そう言えばもうすぐ学習院輔仁会(*1)での講演会だ。病気でずいぶんと先延ばしにしていたけれど、90分も学生さん相手に何を話そうか。裕福で、将来自然と権力を握るであろう彼・彼女らに、紆余曲折の人生を歩んできた私が伝えられることはなんだろう。

 1914年8月、『こゝろ』の連載を終えた夏目漱石に残された時間は2年余り。47歳になった彼は、その厳しい闘病生活の合間、愛猫「ねこ」とともにしばしの休息を楽しんでいた。

*1:学習院大学、学習院女子大学の在籍生によって結成された雑誌発行組織。