この対談企画では、戦略コンサルタントとして活躍し『経営戦略全史』の著者として知られる三谷宏治氏、そして『孫子』や『論語』、渋沢栄一など中国古典や歴史上の人物の知恵を現代に活かす研究家の守屋淳氏が、縦横無尽に世界の歴史や企業経営に斬り込み、現代日本の課題解決につながるヒントを探り、語り合います。 前回は、日本企業における「人材育成」をテーマに、ダイキン工業や原田左官工業所などのケースを挙げながら考えました。今回は、論理的・自発的に思考できる人材をどう生み出すのか、実際の研修の事例も踏まえて語り合います。
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ORIENT(オリエント):原義は「ローマから東の方向」。時代によりそれはメソポタミアやエジプト、トルコなど近東、東ヨーロッパ、東南アジアのことをさした。転じて「方向付ける」「重視する」「新しい状況に合わせる」の意味に。
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欠点を60年かけて減らす『論語』
(守):従来の研修がつまらない理由の方にも、『論語』的な価値観が潜んでいる気がします。『論語』の中に「吾(われ)、十有五(じゅうゆうご)にして学に志す」「三十にして立つ」うんぬんという有名な、孔子の人生を述懐した言葉がありますが、その多くは、孔子が「自分はこうやって欠点を克服してきました」と言っているのです。つまり、欠点を減らしていくことで立派な人間になれるのですよ、と。こうした欠点克服の流れは、東アジアに強い影響を及ぼした朱子学でさらに強調されていきました。
(み):最後が「七十(しちじゅう)にして矩(のり)をこえず(*1)」でしたっけ。いくら人生100年時代といっても、長いですね~。
(守):そうなんです、「死してのち已(や)む(*2)」という気の長い話なのです。これは素晴らしい考え方だと思うのですが、根底にワクワクするモチベーションがないと、単なるつらい修業を死ぬまでやり続けろ、というブラック企業みたいな話になっちゃうんですね。ところが日本の教育って、まさしくこうなんですよ。一定量のパッケージ化された知識を、ある学年内で確実に習得し、短時間のうちにアウトプットを出せないと、いい偏差値が出せませんし、高い偏差値のためには、苦手科目の克服という苦行の継続が必須です。そして、そもそも同じ内容を教えているからこそ、全体の中での偏差値、つまり学力の序列も出せるわけです。
国によっても違いますが、欧米だと、中学、高校からは選択制で自分の得意なところだけを取って大学まで行くことができます。欠点克服も重要ですが、そちらばかりに重点を置くと、受験が終わったら無理に覚えたつまらない知識は忘れておしまい、となりがち。これでは成長の原動力となる「楽しさ」を持つのは、なかなか難しいのでは、と思います。
(み):楽しいって本当にダイジですよね。勝手に学んでくれますから。ただ、私はあまり早い時期に教育を選択制にするのは、どうかなと思っています。やはり基礎がとても大切だからです。でも今は、その基礎を与える「方法」がつまらなくてダメなのです。
*2 『論語』より、死ぬまで努力し続けること。已む、は「すっかり終わりになる」という意味。
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