この対談企画では、戦略コンサルタントとして活躍し『経営戦略全史』の著者として知られる三谷宏治氏、そして『孫子』や『論語』、渋沢栄一など中国古典や歴史上の人物の知恵を現代に活かす研究家の守屋淳氏が、縦横無尽に世界の歴史や企業経営に斬り込み、現代日本の課題解決につながるヒントを探り、語り合います。

 前回は、「なぜ日本では失敗が繰り返されるのか」をテーマに、家族主義の名の下で感情が優先されてしまい、合理性や収益性といった勘定が後回しになり失敗が繰り返されることを論じました。

 今回は、こうした忖度が日本で行われる背景について、そして失敗を乗り越える方法について語ります。

歴史上の賢人の教えや世界の企業の経営戦略など、多岐にわたるテーマを語り合った三谷宏治氏(左)と守屋淳氏(写真=吉成大輔、以下同)
歴史上の賢人の教えや世界の企業の経営戦略など、多岐にわたるテーマを語り合った三谷宏治氏(左)と守屋淳氏(写真=吉成大輔、以下同)

日本の学校教育は忖度を助長している

(守屋、以下守):私は『「論語」がわかれば日本がわかる』(2020)で明治期以降の儒教教育の影響を論じました。体制に従順な民をつくるために、その保守的な側面が強調され、責任感も能力もない上司、それを忖度する部下を生んでしまったと。

 忖度でいえば、もう1つの三谷さんの専門である教育の話とつながると思うのですが、やはり日本の公教育は「他人の気持ちを考える」、そして「上位者を忖度する」方に行きやすい気がします。1989 年版の学習指導要領(*1)で公立小中学校の学力評価項目に「関心・意欲・態度」が入りました。それまでは、多少態度が悪くともテストの点が良ければ成績で5が付きました。ところが、90年代からは「知識・理解」が評価項目の一番下になって、「関心・意欲・態度」が一番上に来てしまいました。そうすると、いくらテストで100点を取っても、先生の覚えが良くないと成績で5が付かないのです。

 偏差値の高い学校に進学したければ、当然内申点が重要になります。なので、尾木ママとして有名な尾木直樹先生いわく「子どもたちは『関心・意欲・態度』で評価されてきたから、先生にも反抗しなくなっちゃって、こんなに従順になって(大学に)入ってきてしまった」(*2)と。これは儒教以上に忖度のもとになっていると感じました。

 ちなみに、なぜ評価法が変わったのかというと、実は理由がありまして、点数だけ取ればいい成績を取れる場合、学習塾に行ける裕福な家の子が有利になってしまう。それはまずいということで、塾に行けなくても授業中にきちんといい態度で聞いている人にいい成績をあげるべきだという動機だったらしいのです。動機自体はそんなに悪くはないと思うのですけれども、確実に「教師の気持ちを忖度する」もと、ひいては「上位者や権力者への忖度」のもとになっている気がします。

学校に人格教育を求めるべきか

(三谷、以下み):学校教育では、勉強がメインの目的ですよね。態度を良くするとか、徳を付けるとかを求めるのは別の話です。

(守):ところが日本の学習指導要領には「人格教育も日本の学校はします」と堂々と書いてありますよね。正確にいうと、教育は人格の完成が目的であり、その手段として「知育」以外に「徳育」「体育」「食育」もやりますと。ちなみにこの4つは扱いが同列です。

(み):そう言っているけれど、でも実際には違うでしょう。結局、国際的学力評価で上がった下がったと騒いでいるわけだから、だったらそれが一番なのでしょう。ただそこで今求められているのは「知識・理解」ではなく、もちろん「態度」でもなく、「思考・技能・表現」です。学習指導要領における「学力評価」でも、その欄が一番多く取られています。

続きを読む 2/4 人格教育は誰が担うものなのか

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