この対談企画では、戦略コンサルタントとして活躍し『経営戦略全史』の著者として知られる三谷宏治氏、そして『孫子』や『論語』、渋沢栄一など中国古典や歴史上の人物の知恵を現代に活かす研究家の守屋淳氏が、縦横無尽に世界の歴史や企業経営に斬り込み、現代日本の課題解決につながるヒントを探り、語り合います。

 前回は、日露戦争にも勝利した旧陸軍が第二次世界大戦では誤った意思決定がされた背景や、一時は全盛を誇った米自動車メーカーGM(ゼネラル・モーターズ)がドラッカーという参謀がいながら凋落した事例をもとに、「組織の失敗」をテーマに語り合いました。

 航空業界は事故を教訓として生かしています。日本企業は、予防や検査の徹底で世界有数の品質レベルを達成しました。一方で日本政府は「保健所の強化」による感染症対策や「IT国家戦略」など、重要な提言や目標を実現できていません。今回は、失敗を繰り返すのは果たしてなぜなのか、二人が論じていきます。

(写真=Shutterstock)
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失敗から学ぶはずの航空事故調査での失敗例

(三谷、以下み):現代において、「失敗から学ぶ」仕組みとして断トツなのは航空事故調査だと思います。過去数十年の、徹底した航空事故調査とそこからの勧告によって、航空機はもっとも安全な交通機関となりました。しかしそれすら失敗を起こします。

 2002年7月1日の深夜、ドイツ南部の上空で、モスクワを飛び立ったバシキール航空2937便とDHLの貨物機DHL611便が衝突し、双方の乗員乗客71名が亡くなりました。才気活発な小中学生60名を含む大惨事でした。

 きっかけは管制機器の不調に見舞われた管制官による管制ミスでしたが、両機とも最新鋭の「空中衝突防止装置(TCAS)」を備えており、防げるはずでした。実際、衝突36秒前にはTCASが警告を発し、2937便へは「上昇せよ」、DHL機には「降下せよ」と指示しました。ところが管制官が2937便へ下降を命じたため、空中衝突してしまいました。

 この悲劇の本当の原因は、TCAS指示へのパイロットの対応が統一されていなかったことにありました。当時、欧州では「管制官よりTCASに従え」でしたが、ロシアではそれが定まっておらず「管制官の指示は絶対」というのが主流の考え方でした。この事故後「パイロットは管制官よりTCASに従え」は世界中で徹底されることになりました。

 しかしこれは、回避可能な事故でした。その1年半前に、日本で同じ内容のニアミス事故があり、そこから学んでいれば、この大失敗は防げていたのです。

 2001年1月31日、駿河湾上空3万7000フィート(1.1万メートル)で、那覇行きのJAL907便(以降「那覇行き」)と、JAL958便(以降「成田行き」)がわずか高度差10メートルですれ違うという事故を起こします。

 これもきっかけは、見習い管制官(スーパーバイザー付き)の管制ミス。成田行きに出すべき降下指示を、那覇行きに出してしまった(*1)のです。そしてやはり両機のTCASが発動しましたが、那覇行きには矛盾した指示が出ることになり、機長は管制官の指示に従います。当時「管制官の言葉は国土交通大臣の言葉」でもあったからです。

 まさに衝突の数秒前になって、2機の機長の緊急回避行動により衝突を免れましたが、シートベルトをしていなかった客室乗務員など数名が天井に叩きつけられるなどして重傷を負い、合計100名以上が負傷する大事故となりました。TCASの指示と管制官の指示(*2)が食い違ったために起きた事故でした。

 いや、違います。この事故は「TCASと管制官の指示が矛盾したらTCASに従え」が徹底されていれば、それだけで防げた(*3)のです。同様の事故を防ぐために、国交省はICAO(イカオ:国際民間航空機関)に調査を求めました。しかしICAOは動かず、調査や対策が講じられたのは、バシキール航空とDHLの事故の後でした。計677名もの命が危険にさらされた、日航機ニアミス事故の教訓は活かされませんでした。それが重大な致死事故(Fatal Accident)ではなかったからです。

(守屋、以下守):やはり強い動機がないと、なかなか組織は動かないんですね。

1 異常に気がついたスーパーバイザーも、那覇行きを上昇させようとして「957便(釜山行き)、上昇せよ」と誤った指示を出してしまった。
2 事故原因は「管制官のミス」とされ、関与した2名は最高裁まで争った末に有罪となった。
3 当時の日本航空のマニュアルには「TCASと管制官の指示が矛盾するときどうするか」の規定はなかった。
続きを読む 2/5 インシデントを集めアクシデントを予防する

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