勝ちパターンから逃れられずに失敗する

(守):組織の失敗という意味では、冒頭のドラッカーの話にある「変化対応こそがマネジメント」という指摘も、とても重要だと思います。「変化対応」に必要なのは適応力とともに、常に学び続け、進歩し続けること。軍隊でいえば、日露戦争までの日本軍は、最新の軍事知識を取り入れるべく世界中の戦略書を必死に翻訳していきました。『坂の上の雲(*4)』の主人公・秋山真之(さねゆき)などもアメリカに留学して最新の理論を学び続け、「自分が一日怠れば、日本が一日遅れる」とまで口にしています。

 この結果として日露戦争時、たとえば難解きわまりないクラウゼヴィッツの『戦争論』を秋山真之や、第一軍司令官・黒木為楨(ためもと)は読みこなして実戦に臨んでいました。ところが、日露戦争で勝った後、そういった努力がストップしたんです。陸軍の場合、自分たちは世界最強のロシア陸軍に勝ったと慢心して、「自分たちの戦い方こそが最高である」「自分たちはこう戦えば勝てる」とみずからの戦い方を図式化して典範にまとめて、それにさえ従っていれば良いとしてしまったのです。

 海軍の場合、もともと秋山真之などは、日露戦争の前に海軍大学校での講義において、こんな指摘をしています。「われらがここで海上の平面における戦術を研究している間にも、もうすでに頭角を現しつつある軍事用の軽気球や、潜水艦などがますます発達して、巡洋艦が空を飛び、戦闘艦が水中に潜航するようになったと想定してみましょう。こうなると最早(もはや)、戦場は平面ではなく、立体的になるのです(中略)そのときになって、われわれが今研究しているような、いわゆる『平面戦術』が何の役に立つでしょう。戦術ばかりでなく、いま全盛を誇る海軍も無用の長物となって、空軍万能の時代となるでしょう」。繰り返しますが、日露戦争前です。驚くべき卓見ですが、真之は49歳で早世してしまい、逆に連合艦隊司令長官・東郷平八郎が長生きして(*5)影響力を持ち続けました。この結果、大艦巨砲主義から抜けられなくなって、真之の懸念がまさに現実になってしまったのです。

(み):巨大すぎる成功の復讐(ふくしゅう)ですね……。

(守):戦後の日本企業を見ても、似たような失敗を確かに繰り返しているのですが、その失敗をしている組織は、実はある時期に絶賛された組織でもあるのです。『ジャパン・アズ・ナンバーワン』(*6)で称賛されていた組織形態が、ある時期から機能しなくなって、まるで失敗の原因のごとく言われてしまう。でも、ベタ褒めされていた組織も、けなされている組織も、根底に流れるものは変わっていない。一緒なのです。

 つまりなぜ失敗を繰り返すかといえば、それは勝ちパターンから逃れられなくなって、自己否定も自己革新もできなくなるから。軍事には「将軍たちは一つ前の戦争を戦う」という格言があるのですが、日露戦争で勝って日本軍はその勝ちパターンに溺れました。ビジネスでも「No.1」とおだてられてその勝ちパターンを続けました。もうそれでは勝てないかもしれないのに。

 環境がいいときは間違いを犯しても目立ちませんが、悪くなると突然アウトになるので、本当に注意が必要です。

4 明治維新期から日露戦争勝利までを舞台にした司馬遼太郎の歴史小説。主人公として真之(海軍)の他、兄の秋山好古(陸軍)と真之の幼なじみである正岡子規がいる。
5 57歳で日本海海戦を戦い、晩年まで軍政に関与した。86歳で死去。
6 ハーバード大学のエズラ・ヴォーゲル教授が1979年に出版。日本でも70万部超のベストセラーとなった。

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