日本の組織は失敗をくり返す?

(三谷、以下み):今日のテーマは「失敗」。みんな、失敗するのも、振り返るのもキライです。

(守屋、以下守):三谷さんの『経営戦略全史』に「米軍は失敗から学び、最終的にはイラク統治に成功した」との話がありますが、日本の組織は歴史的に同じ失敗を繰り返している気がしますが。いかがでしょうか?

(み):米軍もまあ、何度も失敗してますけれどね。ただ野中郁次郎教授らによる『失敗の本質』では、日本軍の第2次世界大戦における失敗が、経営的視点で分析されていて面白いですよね。この本ではまず、ミッドウェー海戦やインパール作戦(*1)など6つの大規模な作戦行動について、その経緯と失敗の原因が詳細に分析されています。次いで2章には「失敗の本質」として「戦略上の失敗要因」が5つ、「組織上の失敗要因」が4つ挙げられています。前者は、「そもそも戦略目的が曖昧なので統一行動が取れない」というところから始まり、「意思決定が論理的でなく情緒や空気で決まる」「いつも奇襲戦法ばかりで戦略オプションが進化しない」などが指摘されています。

出所:『失敗の本質』より三谷作成
出所:『失敗の本質』より三谷作成

 そして「組織上の失敗」では、「人的ネットワーク偏重の組織構造」や「評価が結果ではなくプロセスや動機でなされる」こと、などが書かれています。大規模な作戦が破滅的な結果で終わっても、責任者である司令官や作戦参謀レベルが一時期の左遷や転勤で済まされることが、ままありました。そして要職に復帰して、次の大失敗を引き起こします。

 特に陸軍では「積極論者」は失敗が許され、「自重論者」は冷遇されました。インパール作戦でも作戦に反対した現場幹部はすべて更迭され、反対の声は止(や)みました。作戦を主導した牟田口司令官を諫(いさ)めようとする努力も、軍上層部からの「それでは牟田口の体面が悪い」「彼の積極的意欲を尊重せよ」との言葉でうやむやに。結局、軍幹部全員が首相であった東條英機大将の「悪化した戦局を打開したい」との意向を「忖度(そんたく)」し、論理性ではなく「体面」や「人情」で意思決定や人事を行いました。これで戦いに勝てるわけがありません。

(守):今の話って、儒教的な問題点がそのまま出てしまっている感じがします。東西の比較で言いますと、欧米ではルネ・デカルト(*2)以来、人間の本質は理性にあり、感情面はどちらかといえば動物に近しいものだ、という価値観がありました。確かに、論理性や合理性は人間特有なものではあります。

 一方で江戸時代以降、『論語』や儒教の影響を強く受けてきた日本人やその組織では、人の感情や気持ちがとても重視されてきました。大本の儒教の考え方は、権力者が国や組織を統治するのに、国民や部下から信頼されたり、感情的な納得を引き出すことが何より重要というところから来ています。「民、信なくんば立たず」(*3)という奴ですね。でも、往々にしてこうした価値観は逆に働いてしまうんです。つまり、権力者や為政者の感情や気持ちこそ重要であり、それを忖度し、それに添うように動け、と。

 このバランスって、下の人間が他国や他企業に簡単に移れる環境であれば、上が「下の気持ちを汲みとってあげないとマズいな」となりますが、他に行きようがなければ下が「権力者に媚(こ)びないと生きていけないぞ」と上を忖度するようになります。逃げようのない軍隊組織や転職の難しい社会では、どうしても後者となってしまうんでしょうね。トップやリーダーが優秀であったり、右肩上がりの状況であれば、それでもまだ何とかなるかもしれませんが、年功序列――これもまた儒教的な価値観ですが――のなかで無能な人間が上に立ってしまったり、戦時であれば本当に目も当てられなくなります。

 その忖度が、旧日本陸軍では「天皇誕生日までにどこを落とせ」などのスケジュール闘争にまでなっていました。でも本当にそればかりだったようなのです。

(み):それは酷(ひど)い話ですね……。『失敗の本質』の3章では「だからこうすべきだ」という解決策が「自己革新組織原則」として6つ挙げられていました。1つ目が面白くて、「不均衡の創造」です。一枚岩の組織はダメだ、の裏返しです。不均衡を生むには、「能力主義による抜擢(ばってき)人事をしなければいけない」「平時から戦時への切り替え人事が必要」だと。他にも、「異端・偶然との共存」や「創造的破壊による突出」など現代のイノベーション論に通ずる指摘がありますが、それらを実現するにはもっと精神的・時間的余裕が必要だったでしょう。
 

出所:『失敗の本質』より三谷作成
出所:『失敗の本質』より三谷作成
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 この本を読んでいくと、「日本軍」失敗の本質というよりは、「日本組織」失敗の本質といった感じです。ほとんど原因が一緒なのです。元経営コンサルタントとしては、やはり「明確な戦略目的がない」ことが、日本組織が失敗をくり返す元凶のようにも思います。

 やることはまあ明確だが目的がない、あってもそれが具体化や定量化されていない。「売上100億円達成」や「利益10億円確保」などは、戦略目的ではありません。目標ではあるけれど目的ではない。戦略目的は「最終的に競合を倒す」でも「市場で生き残る」でもいい。そしてそのための条件として、「売上が100億円以上ないと敵に対してスケール(規模)で負ける」などとなって目標が立てられるのです。

 『失敗の本質』の初版は1984年。75万部を超えるベストセラーであり、今も増刷が続く超ロングセラーです。大規模な災害時や政治の混乱期には売れ行きが伸びるそうですが、それだけ大失敗に対する日本組織での教訓がつまっているということなのでしょう。そしてその教訓を、われわれが未(いま)だに活かし切れていないということの証拠でもあります。

1 ビルマ方面軍の第15軍中心に9万2000人が動員され、英領インド北東部のインパール攻略を目指した。日本軍では撤退戦も含め5万6千人以上が亡くなった。
2 1596~1650 フランスの哲学者・数学者。「我思う、故に我あり」という言葉が有名。
3 『論語』顔淵篇

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