ディスコの社内通貨「Will(*5)」が社員を自律的な自営業者に変える

(守):「情報の社内オープン化」の他にも、日本企業の上下関係や忖度をぶっ壊すための手法はないでしょうか?

(み):ディスコという半導体関連企業では、社内を一種の自由経済市場にしています。全ての業務に疑似通貨「Will(ウィル)」による値段がついていて、営業員は販売するモノを運ぶにも、社内システムを使うにも、その担当部署や担当者に一定のWillを支払います。イヤなら社外に頼んでも構いません。売価もWillに換算され、手元には「売価-生産部門からの仕入額-自分の人件費-各種経費」で計算される額が残ります。その個人収支の累積は評価や賞与に反映されるので、各人とも自営業者のようにコストを抑え、売価を上げることに必死になります。

 例えばある人が独自の改善提案をするために、通常業務を1日やらない(休みを取る)と決めたなら、その分Willの個人収支からその人の1日分の人件費単価が差し引かれます。自分で自分を買うわけです。でもその1日で研究した改善提案が奏功して収益が上がれば、その分Willがもらえます。

[画像のクリックで拡大表示]
 

(守):それは面白いですね。これはでもメーカーですよね。これで工場がちゃんと回るんでしょうか?

(み):すごいのは、部門長であっても仕事を部下に命令する権限はなく、各業務が入札にかけられることです。部門長が「今日のAラインでの検品業務は簡単な仕事だから100Will払う」と掲示し、部下たちはそれを見て考えます。他の業務とどれがいいかと。応札者が多ければ部門長は支払いが100Will以下で済みますが、もし応札者が1人もいなければ、提示価格を上げるか自分でやらないといけません。

 ディスコの関家一馬社長は、この仕組みを2003年に部門単位で取り入れ、11年には個人単位に落としました。最初は社員も「うちの変わったモン好きの社長(2003年当時は常務)が、またなんか変なの(Will)を入れたぞ」「一体、何考えてるんだ」という反応でしたが、今はみんなこの仕組みに慣れ、好業績につながっているようです。2020年4~9月期の売上高は前年比で23%増、営業利益率は約30%に達しました。

(守):そのような会社が成果を出していくと、他社も変わらざるを得なくなってきますね。

(み):この仕組みでは、ある意味社員の上下関係がなくなります。みなが自己の働き方とWill収支に権限と責任を持つ自営業者であり、互いに対等になるのです。そして関家社長いわく「社員それぞれが(日常の企業活動を)自分のこととして考える」ようになります。

 使い勝手の割に使用料が高い社内システムは使われなくなり、情報システム部的には赤字になりますし、会社としても投資のムダになります。でもそれでいいのです。だからこそ、そのシステムをつくった情報システム担当者は、その失敗から学ぶでしょうから。逆にこの仕組みがなければ、誰も反省しないままそのシステムは消え、投資のムダだけが残るのでしょう。でも学んだ上でなら、その担当者は社内Will出資者を得て、次のシステムをつくることもできます。

 これは失敗を恐れず挑戦するための仕組みでもあるのです。

(守):今回の新型コロナウイルスで、価値の出せない中間管理職だけでなく、トップの器量や、組織統治の問題もあぶり出されていると思います。コロナで自粛が始まったばかりの頃、ほとんど人がいない職場にきた経営幹部が、手持ち無沙汰でぼーっとしていて、郵便物を各自の机に配って帰って行ったのを、たまたま出社した社員が目撃した、みたいな話を聞いたことがあります。でも同じ時期に、東洋インキSCホールディングスの髙島悟社長にお話をうかがったら、「とにかく忙しい」「これを機会に社内を改革したいから」と述べていて、全然違うなと思いました。

(み):危機のときこそ、ではどうするかということだし、組織や統治のあり方を大きく変えられるのは危機のときだけとも言えます。組織統治の変革は経営トップの責任であり権限です。新外国人トップ(*6)らの手腕も楽しみですが、日本人トップの活躍も期待したいところです。

*6 三菱ケミカルホールディングスのジョンマーク・ギルソン社長、ネクソンのオーウェン・マホニー社長など。
日経ビジネスの連載『オリエント』が本になりました。

 KIT(金沢工業大学)虎ノ門大学院教授であり著書『経営戦略全史』で知られる三谷宏冶氏と、『最高の戦略教科書 孫子』などの著者がある中国古典研究家の守屋淳氏が、古今東西の「戦略」について語り合う『オリエント』が本になりました。

 始皇帝、曹操、孫子、渋沢栄一、 ドラッカー、スティーブ・ジョブズ、柳井正など、歴史上の人物から現代の経営者、さらに元寇や日露戦争といった歴史に残る戦いまで、2人の対談はまさに縦横無尽。「戦略」の視点からビジネスや歴史、戦争を読み解き、教養が身につく1冊です。

【目次】
1章:爆発的成長のカギ/凸凹な世界への展開/真のグローバル化
2章:イノベーションは辺境から/スタートアップの巨人/スタートアップの壁
3章:戦争が生んだIT/ビジネスや個人が支えるIT
4章:失敗の本質/家族主義・人格教育の功罪
5章:意思決定力の強化/新しい人材育成手法/自律的キャリアに向けて
6章:組織と統治のあり方/超分権的組織の実現手法/東洋的リーダーシップとは/後継者育成の覚悟

6月25日発売 2200円(税込)日本経済新聞出版

まずは会員登録(無料)

有料会員限定記事を月3本まで閲覧できるなど、
有料会員の一部サービスを利用できます。

※こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。

※有料登録手続きをしない限り、無料で一部サービスを利用し続けられます。

この記事はシリーズ「ORIENT~東西の叡智を未来に活かす」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。