この対談企画では、戦略コンサルタントとして活躍し『経営戦略全史』の著者として知られる三谷宏治氏、そして『孫子』や『論語』、渋沢栄一など中国古典や歴史上の人物の知恵を現代に活かす研究家の守屋淳氏が、縦横無尽に世界の歴史や企業経営に斬り込み、現代日本の課題解決につながるヒントを探り、語り合います。

 前回前々回は組織と統治の在り方を、『韓非子』『論語』『孫子』『組織は戦略に従う』やGMの事例を基に、日本企業における「法治と徳治のハイブリッド」や分権経営を論じました。

 今回は、分権経営の現代的具体論として、超分権型の「ティール組織」を実践するオランダの非営利団体、全社員による「データ経営」を実践するワークマンから、変われない伝統的な日本企業まで、幅広い事例について語ります。

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プロローグ:Amazonリンデンの一撃

(写真:Shutterstock)
(写真:Shutterstock)

 グレッグ・リンデンは1997年、創業4年目のアマゾンに入社し、最初期のレコメンデーションシステムの設計を担当していた。25人のチームを率いてそれまでの難問を突破し、実用的で実装可能な仕組みをつくったのだ。でもその実装は少し遅れた。当時の上司が反対したからだ。「これを買った人はこれも買っていますなんてオススメには効果がない」「そんな余計なことをするより、即座に決済をしてもらうことの方がダイジなんだ」と。

 業を煮やしたリンデンは、思った。「上司との議論なんてムダだ。実際にやってみればどちらが正しいかすぐわかる!」。彼は実際のAmazonサイトでの対照実験を強行し、その結果で上司たちの抵抗を葬った。

 リンデンは数年後の2004年、自社サイトに細工をし、ホンのちょっとの顧客に対して少しだけ表示速度を遅らせた。その結果は劇的だった。表示が0.1秒遅れる毎に売上は1%下がったのだ。つまり遅れ1秒で売上1割減、というわけだ。この厳密でリアルな実験に対して、社内・業界の誰もが納得せざるを得なかった。「表示スピードこそが命だ」と。

 現在Amazonのモバイルサイトは極めて高速で表示される。その表示速度は常にECサイトのトップクラス(*1)だ。その理由は、サイトが極めて軽量につくられているから。どの頁に行ってもそのダウンロード容量はわずか100~200KB足らず。凝ったデザインや最新技術の投入を抑え、表示スピードを第一に考えた設計になっている。リンデンの教え通りに。

 手軽にとれる「実証データ」の前に、もはや組織内の上下は関係なくなっていた。意思決定者は唯一、顧客自身なのだ。

*1 ヨドバシ・ドット・コムも非常に速い。

超フラットで分権的な「ティール組織」

(守屋、以下守):現代のビジネスでは、「ティール組織」など、さらにフラットな組織で成果を上げる話が出てきている気がします。今後はそのように変わっていくものなのでしょうか。

(三谷、以下み):ティール(Teal青緑色)は生命が生まれる海の色。『ティール組織』の著者フレデリック・ラルーは、組織の中核は業績でも規律でも人間関係でもなく「Purpose(存在目的)」だと言いました。危機感や上下関係で統治していたら、みんなが疲弊するばかりで新しいものは生まれないからと。マッキンゼーで10年以上、組織変革プロジェクトに関わった彼の結論です。

出所:『ティール組織』などより三谷作成
出所:『ティール組織』などより三谷作成
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 オランダのビュートゾルフは、2006年創業。在宅介護支援に取り組む非営利団体です。その独特の在宅介護モデルが成功し、今では1万人以上の介護士が活動しています。その仕組みはこんな感じです。

  • ・4~12人程度の「チーム」が40~50人の地域利用者を担当する
  • ・チームそれぞれで意思決定を行い責任を持つがチームにマネジャーはいない
  • ・本部は40~45チームにつき1人のコーチを配置し支援する
  • ・本部は情報システムの提供や採用活動の支援も行う
  • ・組織運営は「定例ミーティングで個人の役割と責任の確認を行う」など6つの決まりごとのみで行う

 フランチャイズチェーンと違って、営業時間も提供するサービスも自分たちで決められます。その代わり、その責任もそのチームが負うことになっています。

(守):そんな組織が実際にあるんですね。

(み):オランダでは1990年代、ケア事業者が大規模化し看護師など専門職への管理強化と分業が進んだそうです。自律性とやりがいを奪われた看護師も、そして細切れケアを受ける利用者も、不満を高めていきました。しかしビュートゾルフはこのティール組織によって、看護師の満足度も利用者の満足度も、オランダで一番になりました。

 でもティール組織はかなり過激な処方箋なので、大規模な組織でうまくいくかどうかはまだわかりません。しかしティール組織の3つの特徴「Self-management(自主経営)」「Wholeness(全体性の発揮)」「Purpose(組織の存在目的)」のうち、1つでも当てはまる会社は昔から優良企業として知られています。

 Purposeなら「Our Credo(我らが信条)」ジョンソン・エンド・ジョンソンや「Core Values(コア・バリュー)」のデュポン、Self-managementなら「アメーバ組織(*2)」の京セラなど。そういった会社が筆頭となって、Greenのさらに先、Tealを目指すのでしょう。

*2 京セラ創業者 稲盛和夫が編み出した経営手法。組織の再分化と部門別採算制度に特徴がある。2010年のJAL再建時、稲盛がCEOとなりJALにも導入された。

日本の組織を「情報の社内オープン化」でフラットに!

(み):組織での上下関係やタコツボ化は、指揮命令権(言うこと聞かなきゃクビ、もしくは、お前に言われる筋合いはない)だけでなく、「情報格差」によっても生まれます。大して秘密でもないのに重要な情報は上司だけが持っているので、部下は上司に勝てません。「上司への相談」という形で、その命令を受けざるを得なくなります。売上の詳細データや顧客別・商品別の収益データなどは確かに他社に漏れてはいけない秘密でしょう。営業本部の中でも、それらの情報に触れられる人は一部にされています。でも本当は、いろいろな人たちが分析したら、もっともっと面白いインサイトが得られるかもしれません。

 私はビジネススクールでCRM(*3)の授業もやっているのですが、学生さんが社会人なので「実際の自社顧客の情報を徹底的に分析して改善策を立案しよう」というリアルケース型のものにしています。しかし、細かい売上や顧客情報へのアクセスしやすさが、組織によって大きく違うことに驚きます。多くの企業は、そう簡単にはアクセスさせません。社内の人脈や上司を説得するなどで、ようやくこの情報をもらっても、私に「そんな粗い情報では意味がない」と言われて立ち往生。「2回は頼めない」と言うのです。

 しかし、いくつかの企業ではそういった情報が、完全にオープンにされています。社内の人であれば、生産部であろうが企画部であろうが、あらゆる営業情報に触れられます。だから自分でいくらでも分析ができます。適当にExcelに取り込めば、地域別や規模別、去年と今年の比較といった単純なものだけでなく、顧客毎に歴年の数字をつなげてみてどうか、などが自由にできます。みんながやる気になれば、いろいろな分析ができます。誰でも情報の力を持てるのです。それの面白い例が、ワークマンです。

(守):あの絶好調の。

*3 Customer Relationship Management。顧客に対するすべての活動(マーケティング、セールス、サービス)を統合的に管理しようとする活動。

ワークマンは社員全員による「データ活用経営」を目指す

(み):ワークマンは実はそういう会社なのです。とにかく全社員に情報分析手法を叩き込みます。まずは定型的なPOSデータの読み方に始まって、入社3年目からはExcelの基本。幹部候補ともなれば自由にExcelでデータ加工・分析ができることが求められます。逆に言うと、AI分析ツールやデータベースを使いこなす、とかでなくExcelで十分ということ。「日々の販売データを見て異常値を発見したり、次にどんな手を打てばいいのか考えたりする力が身につけばいい」のです。これらは2014年の中期ビジョンで謳われた「データ活用経営」に基づいてのこと。このベースがあったからこそ、2018年の新業態ワークマンプラスもうまくいきました。
 

 この改革を主導した土屋哲雄専務曰く、ワークマンが思い描いたのはこんな会話が当たり前になる会社です。

 一般社員「社長はAとおっしゃいますが、データを見る限りBですよ」、社長「そうか。じゃあBだな」

 「データ活用経営」には社員一人一人のスキルアップ、会社としてのポリシー変更が必要です。そして情報をオープン化すればするほど、これまでのヒエラルキーが崩壊します。それでもやるのか。でもやる会社とそうではない会社で、これからすごく差が出てくるでしょう。

(守):日本の組織の場合、上下関係や序列がガチガチの欠点が出ている場合が多いので、やった方がいいと思います。ただし官公庁や伝統的な会社は、年齢や年次によるヒエラルキー文化が強いので、これをフラットにしていくのは、なかなか障害が多そうですね。

 昔、初対面の官僚の人同士を紹介したことがあるのですが、まず始まったのが入省年次の確認でした。また、某大企業で十年以上にわたって幹部研修をやっているのですが、ここ数年、際だって多いお悩みが「部下が自分より全員年上で、こちらが年下だと思って言うことを聞いてくれない人もいるんですが、どうしたらいいでしょう」というもの。でも、これって儒教的にいうと想定外のシチュエーションなので、お答えしようがなくて、こちらもアワアワするだけになってしまうんです(笑)。ところが、この話を外資系に勤めている友人にしたら、「年下が上司なんて当たり前だから、どちらの立場でもまったく気になりません」と言っていました。

 そういえば昔読んだアメリカ人のエッセイに「日本人は何にでもランキングがあると思っている、ラーメンにさえ日本一や東京一があると思っている」という指摘がありましたが、確かにわれわれは序列やランキングから逃れられない生活をしているかもしれません。学生であれば、学校内の先輩後輩や偏差値による序列、社会に出ても組織の上下関係を意識させられます。しかも、会社員を辞めて物書きになってようやく上下関係から逃げられたと思ったら、アマゾンの売れ行きランキングに縛られたりします(笑)

(み):う、確かに。Amazonランキング、1時間ごとに更新なんて止めて欲しいです。気になるから(笑)

(守):しかし日本企業でも、徐々にこうした縛りが緩くなっているのは確かで、新型コロナウイルスの影響による在宅勤務も、フラット化を後押しするのでしょう。要らない上司があぶり出されたとか、よく言われてますよね。

(み):今まで上司たちには、インフォーマルでいろいろな機密情報が回ってきていて、その情報格差のお陰で、部下に対して優位に立てました。でも在宅勤務のオンラインコミュニケーションばかりではもうそれが回らないから、ですかね(笑)。でもオープンにするかどうかは結局、上の決断だからトップがそう思えるかどうかです。逆にセキュリティ強化で、もっと階層別アクセス権とかつくりまくっちゃう会社も出てきそうです。

 でも、個々人の創意工夫や素早い判断・分析などが必要と思うなら、そのセキュリティの壁をうまく乗り越えなければなりません。そしてそれによって、大きな組織変革が生まれたりもします。

日経ビジネスの連載『オリエント』が本になりました。

 KIT(金沢工業大学)虎ノ門大学院教授であり著書『経営戦略全史』で知られる三谷宏冶氏と、『最高の戦略教科書 孫子』などの著者がある中国古典研究家の守屋淳氏が、古今東西の「戦略」について語り合う『オリエント』が本になりました。

 始皇帝、曹操、孫子、渋沢栄一、 ドラッカー、スティーブ・ジョブズ、柳井正など、歴史上の人物から現代の経営者、さらに元寇や日露戦争といった歴史に残る戦いまで、2人の対談はまさに縦横無尽。「戦略」の視点からビジネスや歴史、戦争を読み解き、教養が身につく1冊です。

【目次】
1章:爆発的成長のカギ/凸凹な世界への展開/真のグローバル化
2章:イノベーションは辺境から/スタートアップの巨人/スタートアップの壁
3章:戦争が生んだIT/ビジネスや個人が支えるIT
4章:失敗の本質/家族主義・人格教育の功罪
5章:意思決定力の強化/新しい人材育成手法/自律的キャリアに向けて
6章:組織と統治のあり方/超分権的組織の実現手法/東洋的リーダーシップとは/後継者育成の覚悟

6月25日発売 2200円(税込)日本経済新聞出版

この記事はシリーズ「ORIENT~東西の叡智を未来に活かす」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。