この対談企画では、戦略コンサルタントとして活躍し『経営戦略全史』の著者として知られる三谷宏治氏、そして『孫子』や『論語』、渋沢栄一など中国古典や歴史上の人物の知恵を現代に活かす研究家の守屋淳氏が、縦横無尽に世界の歴史や企業経営に斬り込み、現代日本の課題解決につながるヒントを探ります。

 前回は、電信、無線、電話、ラジオなどの情報技術が民需によってイノベーションを起こしてきた事例、ITの未来について論じました。

 今回は、組織論をテーマにチャンドラーの『組織は戦略に従う』から、『韓非子』『論語』といった中国古典までを交えて、日本企業にとって組織と戦略のどちらが重要なのかを語り合います。

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ORIENT(オリエント):原義は「ローマから東の方向」。時代によりそれはメソポタミアやエジプト、トルコなど中近東、東ヨーロッパ、東南アジアのことをさした。転じて「方向付ける」「重視する」「新しい状況に合わせる」の意味に。

プロローグ:韓非の決意とグチ

韓非(写真=ユニフォトプレス)
韓非(写真=ユニフォトプレス)

 古代中国の戦国時代、韓は戦国七国の中で最弱だった。北を魏、東南を楚、西を秦に囲まれ、領土は削られるばかり。すでに秦に貢ぎ物をし労役を献上する状態で、このままでは秦に併呑(へいどん)されるのは時間の問題だった。にもかかわらず、韓王は臣下のコントロールが甘く、人材の登用もいい加減だった。清廉でまじめな人間が重用されず、文化ばかりを重視する儒者や私的な武勇によって法を破る任侠者(にんきょうもの)ばかりがはびこっていた。

 韓の公子 韓非(かんぴ)はこれを愁えて、韓王にしばしば建言した。しかし容(い)れられず、役に就くこともなかった。彼はせめて自らの思想を残すべく、書をしたためた。後の『韓非子』である。

 その一部が敵国秦に伝わり、秦王政の心をつかんだ。しょせん人は利益に目が眩(くら)むし、信用など当てにはならない。統治の基本は慈愛や敬意、徳などではなくやはり法とルールなのだ、と。『韓非子』は、人が裏切らないための仕組みづくりを詳細に述べた、権力者のための教科書だった。政は「この人と会えて交友できたなら、死んでも悔いはない」とまで言ったという。

 その機会はしかし、政の側近李斯(りし)によって阻まれた。韓非が秦への使者として訪れたとき、李斯は韓非の才能を妬み(*1)、秦王に登用されることを恐れた。彼の讒言(ざんげん)により韓非は牢(ろう)につながれ、ついには服毒自殺を迫られた。

 韓非は思ったことだろう。ほらやっぱり、人の心など当てにならぬ。決死の覚悟で敵国に来たのに、秦王の側近、しかも昔の学友の裏切りで死ぬとはな。ただ「側近の裏切りの防ぎ方」も『韓非子』には書いたはずなのに、秦王はちゃんと読まなかったのかなあ……。

*1 李斯は儒家の荀子の下で、韓非とともに学んだ。荀子は孟子の「性善説」に対し、「性悪説」で知られる。  
続きを読む 2/3 チャンドラーは「組織は戦略に従う」とは言っていないが

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