(「日経ビジネス」2011年1月10日号74ページに掲載されたものです。記事中の肩書などは掲載当時のものです)

 マスメディアによる報道は、政策にどのような影響を及ぼすのだろうか。政治経済学では近年、この問題が関心を集め、ゲーム理論を用いた理論的な研究と、それに伴う実証研究が進められている。

 研究の対象は2つに大別できる。第1は、メディアがある話題をどの程度取り上げるのか、または取り上げないのかという、報道の範囲の偏りに関するものである。第2は、ある情報をどの程度正しく伝えているのかという、報道の内容に関するものだ。今回は第1の報道の範囲に関する問題を考えてみる。

 まず、メディアを一企業として、経済学的に見てみよう。最大の特徴は、そのコスト構造だ。人件費など、ニュースの生産に関する固定費は高いものの、100万人から100万1人目の消費者に報道を供給する際にかかる追加的コストは、ほぼゼロだ。多売すればするほど、平均費用が低下し利幅が大きくなる。また、多売するほどに広告料収入も増える。つまり、ニュースの生産にはスケール効果が働く。

 それゆえに、小さな集団の関心を犠牲にして、社会の多数派が関心を持つ報道をすることにインセンティブがある。そして、その傾向は固定費が高く規模の大きなマスコミほど強くなるはずだ。

かつてラジオは政策を変えた

 スウェーデン・ストックホルム大学のストロンバーグ氏は、人数の多い集団の関心を集めることを意図した報道が、政策に与える影響を考察した。具体的には、人々が報道に基づいて政策や政治家を評価し、それを選挙での投票に反映させると考えた。

 ポイントは、マスコミが限られた紙面や放送時間で何を報道するかだ。多売するためには、より大きな消費者グループの関心に沿った話題を中心に報じることになる。その結果、政治家たちは手厚く報道される話題に注力し、報道の手薄な問題への注意が減ってしまう。おのずと予算も大きな集団の関心に沿ったものになりやすい。

 米国では、こんな研究結果もある。多くの人の関心事であるオリンピック開催期間中に起きた地震や洪水といった自然災害は、オリンピック開催期間外に生じた同程度の自然災害と比べて、政府による支援額が少ないというのだ。

 新たなメディアの登場による政策の変化も興味深い。ラジオが新しいメディアとして浸透しつつあった1930年代の米国のデータを用いた研究では、ラジオの聴取者が増えた地域ほど、ニューディール予算が、より多く配分されたという。

 この研究が示唆に富むのは、新聞が届きにくかった農村部ほど、予算の増加が顕著だったことだ。都市部と比べ、農村部の予算の増加率が約46%も高かった。つまり、ラジオのコスト構造が農村部を新たな多数派にし、結果として農村部への政治家の注意を引き、政策に影響を与えたのである。

 では、日本はどうか。グラフのように、テレビや新聞に目を通す比率は世代が上がるほど高い。この傾向と先ほどからの研究結果を考えると、新聞やテレビの読者や視聴者層の偏りが、日本の予算配分を高齢者偏重にしている1つの要因と考えるのは自然だろう。

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 若年世代にとっては、年金や社会保障よりも、雇用や産科・小児科医療、待機児童などの問題が切実だ。しかし、こうした問題が政治的課題になるのにこれだけ時間がかかるのも、新聞やテレビの主要な消費者が高齢者層だからだとすれば、理解できる。

 若年世代への朗報はインターネットの浸透によるメディアのコスト構造の変化だろう。1930年代の米国農村部にラジオがもたらした変化を、インターネットは日本の若年世代にもたらせるだろうか。