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(2012年7月2日の日経ビジネスオンラインで掲載した記事を再編集したものです。肩書などは掲載時のものです)

 紀元前3世紀、古代中国の秦の始皇帝はその絶大な権力をもって不老不死を追い求めたが、結局49歳で死んだ。中世ヨーロッパで盛んだった錬金術も、究極の目的は不老不死だったという。長い間、死は身近でありながら人間にはなすすべのない恐れの対象であった。東大寺の大仏を建立しようと、国を挙げての加持祈とうをしようと疫病は起こり続け、ひとたび天然痘が流行すると皇族も貴族も庶民も、身分に関係なくあっけなく死んだ。長い人類史を俯瞰(ふかん)すれば、狩猟採集社会から農耕社会に移行して以来、社会における経済格差は広がり続けてきたが、死や病に関する格差は、近代に入るまでほぼ皆無であった。

「富裕層は明るく、よく眠り、転びにくい」

 今日、「健康格差」に関する研究が進んでいる。30年に及ぶ研究の蓄積の結果明らかになってきたことは、「豊かな人ほど健康で長生きする」という傾向である。この統計上の相関は「健康格差」と呼ばれ、世界各地で年齢性別を超えて報告されている。所得と死亡率に基づく分析がもっともオーソドックスだが、所得の代わりに資産、学歴、階級、人種などを使っても、死亡率の代わりに寿命、慢性疾患や鬱病の有無、自殺率などを使っても、同様の傾向が観察されることが大半である。WHO(世界保健機関)からは健康格差に関する報告書がたびたび発行されている。日本でも日本福祉大学の近藤克則教授(社会疫学)らの研究を筆頭に研究の蓄積が進みつつあるが、そこでは「富裕層は明るく、よく眠り、転びにくい」ということまで報告されている。健康格差は、世界レベルの疑いようのない事実として確立されつつあるといえるだろう。