医学部を卒業したての学生は、実践的なスキルを身に付けるために病院で研修医となって働く必要がある。だが、エントリーする学生側と、採用する研修病院側の相反する希望をかなえることは簡単ではない。なるべく学生と病院の希望をかなえるために、米国の研修制度では、学生と病院が希望する相手のリストを提出して、マッチ主催者がそのリストを基にアルゴリズムを使って配属先を決めている。
このアルゴリズムはいくらかの試行錯誤を経て50年代頃に現在の方法の基礎が出来上がったが、ロス教授は実はこの方法が、ゲール教授とシャプレー教授による方法と同じマッチングを生み出していることを発見したのである。
数学理論の結果と、実務で試行錯誤した結果が一緒
この発見は、研究者が、難解な数学理論を駆使して抽象的に考えた結論と、医療関係者が試行錯誤でたどり着いた現実的な解決法が同じである、という驚くべきものである。ロス教授の発見は抽象的な理論が現実のマーケットに使えるという希望を与えることになり、現実の制度を詳細に調べつつ理論と実践をするという研究スタイルの1つの源流になった。
さらに91年の論文では、英国の色々な地方で使われていた研修医マッチング制度を比較し、「安定マッチング」を生み出すアルゴリズムを使った地方が成功する一方で、そうでないアルゴリズムを使った地方では制度がうまく働かず、廃止されたり安定マッチングアルゴリズムに変更されたりしていることを発見した。
上に述べたように、抽象的な理論が実際に使えるという可能性を発見したのがロス教授であるが、その可能性を現実のものにしたのもロス教授自身によるところが大きい。ロス教授は90年代には米国の研修医マッチング制度を改革し、現在実際に使われているアルゴリズムを設計した。日本でも、今世紀初頭から同様のアルゴリズムを用いた研修医マッチング制度が発足するなど、世界中で応用例も増加している。
またロス教授は、学校選択制度を学校と学生のマッチングだと捉え、同様のアルゴリズムを学校選択制度に応用した。現在ボストン、ニューヨーク、ニューオーリンズなどといった米国の都市で、ロス教授やその共同研究者たちのアルゴリズムが採用されており、同じような制度の導入を検討する自治体が増えている。
また最近では腎臓移植のための「ドナー交換アルゴリズム」をどう設計するかについても先駆的な研究をしている。今年、山中伸弥・京都大学教授が新型万能細胞「iPS細胞」の研究でノーベル生理学・医学賞を受賞することが決まったことは記憶に新しい。再生医療に注目が集まっているところだが、現在のところ腎臓病では、生体腎移植が最も有効な治療法の1つとされている。
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