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 一橋ビジネススクールの楠木建教授と社史研究家の杉浦泰氏による人気連載「逆・タイムマシン経営論」。経営判断を惑わす様々な罠(わな=トラップ)を回避するすべを、過去の経営判断や当時のメディアの論調などを分析することで学ぶ。第1章では、「AI(人工知能)」や「サブスクリプション(サブスク)」といったバズワードに象徴される「飛び道具トラップ」、第2章では、新しい技術やビジネスが登場するたびに「激動期が訪れた!」という錯覚に陥る「激動期トラップ」を分析した。

 第3章のテーマは「遠近歪曲(わいきょく)トラップ」。なぜ、「遠いものほど良く見え、近いものほど粗が目立つ」のか。私たちは、例えばイノベーションでは米国のシリコンバレー、社会モデルではスウェーデンなどの北欧諸国を「素晴らしい」と礼賛しがちだ。こうした地理的に遠い諸外国など空間軸だけではなく、時間軸でも「あの頃は良かった」と遠い過去のことを美化してしまうのは世の常だ。

 こうした「遠近歪曲トラップ」にはまらないためにはどうしたらよいのか。第4回は、海外のスターCEO(最高経営責任者)をついつい信奉してしまう理由を考察する。

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第3回なぜ、人口は増えても減っても「諸悪の根源」とされるのか

 シリコンバレー、日本的経営、人口問題と、前回まではマクロのレベルでの遠近歪曲トラップを考察してきました。そこで今回は、ぐっとミクロのレベルでの「遠いものほど良く見え、近いものほど粗が目立つ」という事例を考察してみましょう。題材は「CEO=最高経営責任者」です。

 日本のメディアでは、「先進的」な発想と「グローバル」な視点を持ち、「改革」を「大胆」に実行する海外のCEOが注目を集め、手本として称賛されることがしばしばあります。それに比べて日本の経営者は「時代遅れで内向きで、過去のしがらみを断ち切れず、目先の細事に終始している。これではダメだ……」という話になります。しかし、同時代に称賛された海外のスターCEOのその後を追いかけてみると、たいした業績を残さないどころか、とんでもない意思決定や戦略を実行し会社を窮地に追い込んだ、という例が少なくありません。

同時代の空気は「非連続的な改革」と「グローバル化」

 1990年代はバブル崩壊によって日本経済が苦境に陥った時代です。大半の経営者はリストラに終始し、さらなる業績の落ち込みを食い止めるのに精いっぱい。70年代までの高度成長期や、80年代のバブルのイケイケ一辺倒の時代に活躍した経営者像が過去の遺物となり、「非連続的な改革」がCEOに求められる要件として浮上しました。特に高度成長期に存在感を確立し、バブル崩壊を経て苦境に陥っていた日本の大企業は、従来の延長線上にはないようなアクションに踏み出す必要性に迫られました。こうした時代の空気の中で、過去を断ち切り、負の遺産を一掃し、大胆な戦略を強いリーダーシップで実行する経営者像が規範として定着しました。

 2000年代に入るとバブル崩壊後のコストカットや財務的な敗戦処理は一段落します。この時期の日本で経営課題として注目を集めたキーワードが「グローバル経営」です。日本国内は人口減少により市場の拡大は難しいということがコンセンサスを得て、未開拓の海外市場に活路を見いだすグローバル化が、多くの企業にとって最重要の経営課題となりました。

 旧来の日本の経営や経営者を揶揄(やゆ)する表現として、「まるでドメスティック」を短縮した「マルドメ」という言葉が使われるようになったのもこの頃です。面白いことに、その時々に関心を集める外来語のキーワードは、「リストラ」(リストラクチャリング)や「マルドメ」のようにやたらと4文字に短縮される傾向があります(これを書いている現時点でいえば、「第1章 飛び道具トラップ」で取り上げた「サブスク」です)。こうした短縮語の定着は、同時代の空気を色濃く反映しているといえそうです。

 いずれにせよ、グローバル化を遂行するためには、グローバルに通用する視点や資質を持つCEOでなければならないというわけで、「グローバルリーダー」であることがCEOの要件として前面に出てきました。松下幸之助や本田宗一郎に代表される昭和時代の大物経営者に代わって、海外のCEOが以前より大きな注目を集めるようになったのは自然な流れでした。

 海外のスター経営者というと、現在は米フェイスブックのマーク・ザッカーバーグ氏、米テスラのイーロン・マスク氏、米アマゾンのジェフ・ベゾス氏のような新興企業のCEOが注目を集める傾向にあります。ところが、2000年前後の時点では、むしろ欧米の伝統的な大企業のCEOがメディアの主役でした。日本の大企業がなかなか変化を打ち出せない中、同じように成熟ゆえの転換期を迎えているにもかかわらず、「欧米のグローバル企業にはドラスチックな経営改革を果敢に推し進めるリーダーが出てきている。彼らに学ぶべきだ」というわけです。

 例えば、ヨルマ・オリラ氏がその1人です。今となってはこの名前を知る人は少ないかもしれません。1998年から2006年までフィンランドのノキアのCEOを務めた人物です。19世紀のフィンランドで製紙会社として設立されたノキアは、その後合併と多角化を重ね、電線や木材、ゴム長靴からトイレットペーパーまで幅広い分野で事業を展開していました。

 一時は倒産寸前まで追い詰められるのですが、他の事業から思い切って撤退し、中核事業とした携帯電話に集中的に投資を進めます。オリラ氏のCEO就任からわずか8年で、ノキアはヨーロッパ最大の時価総額を誇る企業に成長していました。フィンランドの伝統的なコングロマリットを巨大なグローバル企業に生まれ変わらせたオリラ氏の経営スタイルは、日本でも「選択と集中」による企業変革の手本とされました。

 「非連続な改革」と「グローバル化」を本領とするCEOの親玉は、何といっても米ゼネラル・エレクトリック(GE)のジャック・ウェルチ氏でしょう。1981年にGEのCEOに就任し、その後20年という長期にわたって伝統的な大企業の変革にまい進したウェルチ氏は「フォーチュン」誌の「20世紀最高の経営者」に選出されています。

 「世界で1位か2位になれない事業からは撤退する」という大胆な選択と集中、成長分野を狙ったM&A(合併・買収)とグローバル化、大規模な中間管理職の整理解雇、保守的で官僚的な企業文化の破壊……。ウェルチ氏は過去の成功体験の呪縛に苦しむ日本の大企業にとって、格好の手本でした。ウェルチ氏の回想録『ジャック・ウェルチ わが経営』(日本経済新聞出版)は日本でもベストセラーとなり、企業変革の教科書の観がありました。