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 一橋ビジネススクールの楠木建教授と社史研究家の杉浦泰氏による人気連載「逆・タイムマシン経営論」。経営判断を惑わす様々な罠(わな=トラップ)を回避するすべを、過去の経営判断や当時のメディアの論調などを分析することで学ぶ。第1章では、「AI(人工知能)」や「サブスクリプション(サブスク)」といったバズワードに象徴される「飛び道具トラップ」、第2章では、新しい技術やビジネスが登場するたびに「激動期が訪れた!」という錯覚に陥る「激動期トラップ」を分析した。

 第3章のテーマは「遠近歪曲(わいきょく)トラップ」。なぜ、「遠いものほど良く見え、近いものほど粗が目立つ」のか。私たちは、例えばイノベーションでは米国のシリコンバレー、社会モデルではスウェーデンなどの北欧諸国を「素晴らしい」と礼賛しがちだ。こうした地理的に遠い諸外国だけではなく、時間軸でも「あの頃は良かった」と遠い過去のことを美化してしまうのは世の常だ。

 こうした「遠近歪曲トラップ」にはまらないためにはどうしたらよいのか。まずは、「GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)」の台頭でますますその傾向が強くなっている「シリコンバレー礼賛」というトラップから検証してみよう。

 この章で問題にする同時代性の罠(わな)は、我々が「遠近歪曲トラップ」と呼ぶものです。「遠近歪曲」とは、「遠いものほど良く見え、近いものほど粗が目立つ」という人々の認識のバイアスを意味しています。

 空間軸と時間軸のいずれでも遠近歪曲トラップは起こります。地理的に遠い海外の事象ほど良く見え、我々の身近にある日本の事象ほど欠点が目に付く、というのが空間軸上での遠近歪曲です。これに対して、同時代で今起きている事象ほど悪く見え、歴史的な過去の事象、もしくはまだ実現していない未来ほど良く見える、これが空間軸上で発生する遠近歪曲トラップです。

 今回は、まず前者の空間軸上での遠近歪曲について考察しましょう。「日本の経営者は内向きで大胆な変革ができない」「日本企業の経営スタイルは硬直的で時代遅れ」といったミクロレベルでの批判から、「少子高齢化の閉塞感の中で日本には展望がない」というマクロな言説、はたまた「このままでは日本は崩壊する」という憂国的な全否定まで、「日本(人、企業、社会、政府)はダメ」という主張が毎日のようにメディアから発信されています。

 こうした主張は常に相対的な比較論に基づいています。つまり、「米国(とか中国とか北欧)では……」で始まり、「ところが、日本では……」と問題や欠点を指摘し、「だから日本はダメなんだ」という議論の構造です。

 当然のことながら、日本には問題が山積しています。ビジネスや経営の分野でも、先進国や新興国に比べて「遅れている」「劣っている」ところが多々あります。ただし、です。比較対象の米国や中国はどうでしょうか。問題がないかと言うと、もちろんそんなことはありません。

 空間的に近い日本の企業や経営の粗が目立ち、遠くにある米国や中国の企業となると、良いことばかりが目立ち、悪いことは目に入らない。裏返せば、これだけ問題が山積している日本の経済や社会や企業にしても、遠く米国の人々には、いまだに「日本のものづくりの品質はすごい」「テクノロジーと伝統の融合」「いざというときは円が強い」「人々は穏やかで治安が素晴らしい」「清潔で秩序だった社会」と見えているわけです。遠近歪曲トラップは日本に限らず、古今東西、普遍的に見られる人々の思考の癖です。

GAFAが加速した「シリコンバレー礼賛」

 タイムマシンに乗って近い過去の日本での言説を振り返ってみましょう。この四半世紀で言えば、日本における「シリコンバレー礼賛」は遠近歪曲の典型として興味深いものがあります。

 1990年代にインターネット産業が勃興し、米国のシリコンバレーで次々とベンチャー企業が誕生しました。2010年代には、巨大プラットフォーマーの「GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)」のうち、グーグル、フェイスブック、アップルの3社がシリコンバレー出身ということもあり、「シリコンバレー礼賛」が同時代の空気として定着しました。2010年代半ばからは、「シリコンバレーはこんなにすごい」→「それなのに日本は……」→「だから日本はダメなんだ」というロジック(?)が議論のテンプレートになった観があります。

 比較的最近の記事を見てみましょう。日経ビジネスの2015年7月27日号の特集はシリコンバレーの動向に注目し、新しいビジネスが生まれる様子をリポートしています。