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最低賃金引き上げなどを主張する小西美術工芸社のデービッド・アトキンソン社長と、働き方改革に情熱を注いできた味の素の西井孝明社長が、「生産性」をテーマに語り尽くす。シリーズ第5回は、イベント参加者からの質問に2人が答える。企業経営も経済分析も、「エピソード」ではなく「エビデンス」に基づくことの大切さを説く。

※本シリーズは2019年11月18日開催の日経ビジネス Raise LIVEを収録・編集したものです

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第6回日本は中小企業の国~D・アトキンソン×西井孝明(味の素)

大竹剛(日経ビジネス編集、以下、大竹):そろそろ、会場の皆さんから質問を受けたいと思います。

エピソードよりエビデンスを

質問1

日本企業におけるダイバーシティー(多様性)の乏しさや、終身雇用的な人事制度、人材流動性のなさなどが生産性の低さに影響しているのではないかと考えているのですが、そのあたりについてはどのようにお考えですか。

西井孝明(にしい・たかあき) 味の素社長
1959年生まれ。78年奈良県立畝傍高等学校を卒業後、同志社大学文学部に入学。82年、同志社大学を卒業し、味の素に入社。営業やマーケティング、人事などを担当。2004年に味の素冷凍食品に出向し、取締役に就任。当時不振事業だった家庭用冷凍食品の業績を改善。09年には本社人事部長を務め、11年に執行役員に就任する。13年にはブラジル味の素社長に就任。15年に創業家を除いて、歴代最年少となる55歳で味の素社長に就任(写真:北山宏一)

西井孝明氏(味の素社長、以下、西井氏):キャリアのダイバーシティーという観点でいうと、味の素も2000年ごろからキャリア採用に力を入れ始めて、日本の単体の従業員の30~40%ほどはキャリア採用になっているのではないかと思います。ただ、日本の味の素でいえば、30~40%の方は中途で入社しても、元の会社も日本の会社なので、どうしても年功序列的な考え方や風習に飲み込まれてしまっていました。そこはなかなか、改革するのが難しいですね。

 ダイバーシティーを高める必要があるとお話ししましたが、キャリア採用の際も、これまで日本の食品会社で働いた経験があったり、あるいはコンシューマーグッズを扱った経験があったりと、そもそも味の素の社員と似た人材、つまり評価しやすい人材を採用してきていたのではないかという反省はあります。

 付加価値を高めるためにダイバーシティーを重視していきますが、まだ不十分ですね。

大竹:アトキンソンさんは、年功序列的な日本の雇用慣行と生産性の関係は、どのようにお考えですか。

デービッド・アトキンソン氏(小西美術工芸社社長、以下、アトキンソン氏):日本は“エビデンスベース”ではなくて、“エピソードベース”ということをよく言われますが、例えば終身雇用制度について言えば、大企業には当てはまるかもしれませんが、普通の企業、特に規模が小さくなればなるほど、もうとんでもない流動性があるわけです。

 なぜかというと、規模が小さい会社の中には、労働基準法を無視しているところも少なくありませんから。社長が気に入らない社員に対して、「お前、明日から来なくていい」なんていうことは大企業ではできないですが、中小企業では日常茶飯事でしょう。だから、終身雇用とか年功序列とか言われますが、統計上で果たしてどこまで真実なのかは、非常に疑問に思います。

 先ほどお話しした有給休暇についても、30人未満の企業の有給休暇の実態を厚生労働省は調べていません。でも、日本の労働人口の30%が、30人未満の企業に働いています。そこを考慮しないで、「日本の有給休暇の取得率は何パーセント」と言っても、それは30人以上の会社に勤めている人の比率にすぎない。

 アナリストとして一番難しいのは、日本経済の分析は妄想が多いということです。その妄想の中で経営していくのは非常に難しいことだと思います。80~90年代前半は、ほとんど経験と勘、度胸で経営をしていたのではないでしょうか。私が銀行を担当していた時代でも、頭取の発言には何の信ぴょう性もなかったですよ(笑)。

 西井さん、どう思いますか。

西井氏:ミクロの観点になりますが、先ほど話したのは海外を含めたグループ全体でやっている「エンゲージメントサーベイ」というものですが、日本の味の素単体では2007~17年まで10年間、2年に1回、「組織文化診断」という調査をずっとやってきました。それを組織ごとのパフォーマンス、つまり生産性と比較すると、かなり相関関係が浮かび上がってきました。

 まだ、女性の活躍といったキャリアのダイバーシティーとの相関関係は検証できていないので、そこについてはこれから調査していきたいと思っています。ただし、目標に向かって組織に一体感が出て、その中で働くとパフォーマンスが上がるということは分かっていますよ。