この国の低価格信仰はおかしい

大竹:要するに、国全体が「デフレマインド」から抜け出せないということなのだと思います。アトキンソンさんは以前のインタビューで、「価格を上げるのはマクロの話じゃなくて、経営者が決断する話だ」とおっしゃっていました。日本企業の在り方について、どのように思いますか。

アトキンソン氏:いくつか気になるところはあるのですが、一番はやはり、分析をあまりしないということですね。つまり、エビデンス(証拠)に基づかない議論が多いということです。

 例えば、なぜ価格を上げられないのですかと聞くと、多くの経営者が「いや、上げられないでしょう」とか、「それは国民が認めないでしょう」とか言われるのです。「1億2700万人、全員に聞いたんですか」と聞き返しますが、それでも「やはり無理だ」と言うわけです。

 でも、そのエビデンスはなんですか。私が小西美術工芸社に入ったときの話です。もう10年ほど前になりますが、最初に何をしたかというと、価格を上げたんです。そうすると、業界団体の方々から「なに考えているんだ」といった反応がありました。「神社仏閣でも絶対認められない」「絶対に上げられない」と言われたのです。

 しかし、顧客に聞いてもいないのに「できない」と決めつけるのはいかがなものかと思いましたので、得意先を回って、「価格を上げないとこの先、職人の継承をいつまで続けられるか分かりません」と事情をしっかり説明しました。小西美術工芸社は当時、社員の高齢化が進んでいて、「今回の工事はできるかもしれませんが、このままだと確実に次に工事をする必要があるときは潰れています。それでもいいんですか」と聞きました。

 どのくらい引き上げたかというと、1割です。「1割ぐらい引き上げさせてください」とお願いすると、「ああ、そうですか。もっと上げた方がいいんじゃないのと?」と逆にさらなる値上げを勧められたほどです。それで結局、ほかの会社も値上げしていって、最終的にはなんの反発もありませんでした。

 もう1つは、やはりこの国には低価格信仰が強いと感じます。「安くしていることはいいこと」「安いことは社会貢献」「安くしていることは良心的な人の証明」といった印象です。ただ経済学の視点で見ると、社会保障の負担がどんどん大きくなっていて、ほかの先進国と大きく変わらないインフラを持っている日本が、人口も増加しないのに「安いことはいいこと」と信じ続けていると、どこかで大きなツケを払うことになります。

 本来は100円を支払ってもらわなければいけないのに、「70円にしています」といって30円不足している。だけど、社会インフラは100円を前提にしてつくっているので、不足した30円分をどこかで取り戻さなければなりません。結局、消費税や所得税など、どこかにゆがみが発生してしまうんです。

 先ほど西井さんがおっしゃったように、1990年から今まで物価が上がらず、賃金を上げてきていない結果が、1200兆円の国の借金なんです。経済学者や経済アナリストは、物価を引き上げてこなかったことが1200兆円の借金につながっていると、なぜもっと結び付けてないのか疑問に思います。

 低価格信仰がある経営者は、自己満足のためにやっているのです。自分の行動の結果が、回り回って経済全体にどういう影響を与えているのかを考えていない。最低賃金に反対する人は、それが貧困につながっていっているという意識がほとんどない。

 高品質低価格というのは罪です。だけれども、多くの業界の人たちは、こんなに素晴らしいものをこんなに安く提供していることを自慢します。私は神様でしょうと。そういう人があまりにも多過ぎると思います。