一橋ビジネススクールの楠木建教授と社史研究家の杉浦泰氏による人気連載「逆・タイムマシン経営論」。経営判断を惑わす様々な罠(わな=トラップ)を回避するすべを、過去の経営判断や当時のメディアの論調などを分析することで学ぶ。第1章では、「AI(人工知能)」や「サブスクリプション(サブスク)」といったバズワードに象徴される「飛び道具トラップ」を分析した。

 第2章のテーマは「激動期トラップ」だ。第4回は「テンゼロ論」。「Web2.0」や「インダストリー4.0」「ソサエティー5.0」「商社3.0」など、「〇〇x.0」といった時代認識について考察する。「x.0」というと、時代が一気に変わるように感じるが、それは錯覚にすぎない。

 前回は「激動トラップ」のひとつのバリエーションとして「期待され過ぎた革命的な製品」を検討しました。見た目のインパクトが強い製品やサービスが出てくると、それを見た同時代の人々は「世の中が変わる!」と思い込みがちです。

 こうした激動トラップの背景には、その製品が出てきた時点で世の中に漂っている同時代の空気があります。逆に言えば、人々が漠然と共有している同時代の空気が、その製品を(実際はそれほどでもないのに)「革命的」「画期的」に見せるわけです。

 同時代の空気を生み出すのは人々の「時代認識」です。立ち止まって考えるには忙し過ぎるせいか、ビジネスパーソンは往々にして浅薄な時代認識へと流れ、地に足の着いた大局観を喪失しがちです。

 2010年ごろから「テンゼロ論」――「○○2.0」や「××3.0」という時代認識――が目に付くようになりました。時代をいくつかのフェーズに区切って、「これまでにない新しい時代に突入した!」という言説です。「××3.0!」というと、いかにも従来の2.0の時代から相転移(一定の温度で氷が水に、水が蒸気に変わるような質的なフェーズのシフト)が起こるような印象を与えます。こうして「今こそ激動期!」という同時代の空気が醸成されるのですが、その多くは眉唾物です。

 今回はこの「テンゼロ論」を考察します。2000年代中ごろに、インターネットのビジネス利用を言い表す言葉として「Web2.0(ウェブ2.0)」が世の中をせっけんしましたが、最近では「インダストリー4.0」という「テンゼロ論」が、産業界やメディアを大いに席巻しました。

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