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 一橋ビジネススクールの楠木建教授と社史研究家の杉浦泰氏による人気連載「逆・タイムマシン経営論」。経営判断を惑わす様々な罠(わな=トラップ)を回避するすべを、過去の経営判断や当時のメディアの論調などを分析することで学ぶ。第1章では、「AI(人工知能)」や「サブスクリプション(サブスク)」といったバズワードに象徴される「飛び道具トラップ」を分析した。

 第2章のテーマは「激動期トラップ」だ。技術革新が起きるたびに、なぜ「今こそ激動期!」と思い込んでしまうのか。再びタイムマシンに乗って、過去に学ぶ旅に出よう。今回のテーマは「インターネット」。かつて、「インターネットは隕石(いんせき)」ともいわれたが、人間は隕石が落ちてもすぐには変われない?

 その時点で生まれた新しい技術や商品、サービス、環境変化のインパクトを過剰に受け止めてしまい、一気に全てが変わると思い込む――。これが「激動期トラップ」です。前回見たように「自動車が社会を変える」には相当の年月がかかりました。「今こそ激動期!」と騒がれるような技術革新であっても、実際の変化は当初の想像以上に漸進的であることが多いものです。

 自動車の次は「インターネット」を取り上げます。1995年前後に普及が本格化し始めたインターネットという非連続的な技術革新は衝撃的でした。情報通信のコストが劇的に低下し、人々がネットワークでつながるようになりました。「これからはインターネットの時代だ」「世の中は一変する」と、文字通りの「激動」の様相を呈しました。

 それから25年が経過した今、確かにある部分で人々の生活は変わりました。しかし、今から振り返ってみると、当時の反応には過剰な面がありました。同時代性の罠(わな)にとらわれていたのです。

「インターネットは隕石(いんせき)だ」

 まずは、インターネットが初めて世の中で脚光を浴びた1995〜2000年ごろの日経ビジネスの記事を見てみましょう。いずれの記事も、インターネットの登場を受けての同時代の「激動の空気」を伝えています。

 目には見えないデジタルネットワークが、ひたひたと日本を侵食し始めている。企業間の商取引や提携は、ネットワークが生命線になりつつある。情報化を拒めば、淘汰されかねない。インターネットは国家の規制を乗り越え、新たなビジネスを生み出そうとしている。どの国の通貨でもない電子通貨も登場。その主導権を巡る戦いが始まり、国家による通貨管理の原則さえ揺さぶり始めた。デジタル革命はビジネスのルールを変える。
(出所:日経ビジネス1995年6月12日号特集「新・ビジネスの掟 デジタル革命を生き残る」)

 1999年は日本にとり、インターネットの普及があらゆる産業に影響を与えた「e革命元年」だった。2000年もその勢いが続くのは間違いないが、これまでと違い、インターネット先進国の米国の後追いではなく、日本流のe革命が進行し、それが消費にも大きな影響を与えそうだ。

 日本流とは、携帯電話でのインターネット接続だ。消費者は常に持ち歩く携帯電話をインターネットに接続することで、いつでもどこでも様々な情報を入手できるようになる。2000年は、情報武装で消費に絶大な権限を持つ「消費者独裁」の時代に突入する。
(出所:日経ビジネス 2000年1月10日号 時流潮流 新年特別編「2000年のビジネス白書」)

 当時のインターネットの特集記事を読むと、国家や通貨といったマクロ的な視点と、日常生活というミクロ的な視点の両方で、人々の興味を集めています。インターネットの広範な影響力が認識されています。

 1995年にソニーの社長に就任した出井伸之氏は「社会にインターネットという名の隕石が落ちた、それが平成だったように思う」(週刊東洋経済2018年5月12日号)と振り返り、巨大な変化を隕石に例えて平成という時代を総括しました。それほど大きなインパクトだったというわけです。

 ITバブルの絶頂期だった1999年10月には、日経ビジネスは「e革命第2の波 日米大逆転へ」と題して、インターネットを使った携帯電話のサービスなどを取り上げた特集記事を掲載しています(日経ビジネス1999年10月11日号)。1999年にNTTドコモが携帯電話によるインターネット接続サービス「iモード」を開始し、「日本流のe革命」として大きな期待を集めました。

 このように「インターネットこそ革命である」というのが同時代の空気として濃厚にありました。ところが、現実にはインターネットの本格的な普及にはさらに10年を要しました。総務省から毎年発表される「通信利用動向調査」を見てみましょう。インターネットは短期間で爆発的に普及したというよりも、数年かけて徐々に普及し、そしてある時点で伸び悩みのフェーズに入ったことが分かります。

 さらに重要なことは、パソコンやスマートフォンを持ち、インターネットを利用しているということと、実際にどの程度まで使いこなしているのかは別問題だということです。

 1つの象徴が2010年代を通じて普及したSNSです。スマートフォンが徐々に普及するにつれて、フェイスブックやツイッターを活用することで人々が日常的にネットでつながり、手軽に情報を発信できるようになりました。一見すると革命的な変化で、2010年ごろには「SNSが世界を変える」「個人が情報発信できる革命だ!」というような同時代の空気が盛り上がりました。

 

 顔の見えない情報の集合体だったネット上に突如、個人が立ち現れた。SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)という、個人と個人をつなぐ“新しい社会”がネットに出現したからだ。ウェブという情報の網目が、人間の網目に変化した瞬間だ。しかもかつてのマス以上に見えやすい存在として。デジタル情報を身にまとっているだけに、企業が利用できる情報は膨大だ。今、マーケティングが、モノが、そしてサービスが、大きく変わろうとしている。
(出所:日経ビジネス 2010年9月13日号 特集「ソーシャルネット経済圏 人の絆が金を生む」)

 世の中で注目されるこれらのSNSサービスの実際の利用状況を見ると、当初の予想ほどにはなりませんでした。2018年に総務省が実施した「ICTによるインクルージョンの実現に関する調査研究」では、ツイッターで自ら情報発信や発言を行っている人の割合は日本では7.7%にすぎず、ツイッターを全く利用していない人が59.7%と大勢を占めています。残りの32.6%はほとんど利用していないか、閲覧が中心という使い方をしています。積極的な情報発信者が少数派であるという傾向は、ブログ、フェイスブック、インスタグラムといった他のSNSでも似たようなものです。積極的な情報発信者はそれぞれ10%以下にとどまっています。