要素はシステムに先行する

 自動車でいえば、要素技術の開発(例えば内燃機関)は車という上位のシステムに統合されなければ使えません。車というハードウエアにしても、さらに上位のインフラというシステムの上に載らなければ、人々の生活を変えるようなインパクトを生み出せません。ここでは舗装道路というインフラに注目しましたが、それ以外にも給油場所や修理工場、駐車場といった施設はもちろん、免許制度や道路交通法などの法整備やそれにかなった運転技能を教える自動車教習所、事故や故障があった場合の保険などなど、さまざまなインフラが上位システムとして必要になります。

 ここでのポイントは、「要素がシステムに先行する」ということが、ほとんどの事象に当てはまることです。システムの下位にある要素技術の開発が先に進み、上位システムの開発や整備は後から追いついていくというのが現実の順番です。

 自動車そのものは比較的早くに登場しました。それは当時の人々にとって「驚くべき」発明でしたが、後続するインフラの整備には非常に長い年月が掛かりました。一見すると舗装道路を作るという作業は単純です。あっさり言えば「やればいいだけ」の話です。それでも、このような単純なインフラの整備にもかかわらず、想像以上の時間が必要でした。

 「自動車が人々の生活と社会を変える」という真の意味でのイノベーションの視点で歴史を振り返ると、最近の「自動運転で世の中が一変する」という議論はいかにもパーツ先行で、ナイーブなものだと言わざるをえません。

 これまでもそうだったように、自動運転にしても(1)自動運転のためのセンサーや制御のためのソフトウエアというパーツが実現し、(2)自動運転を可能にする有形無形のインフラが構築され、(3)自動運転の自動車がインフラに無理なく統合され、(4)ようやく世の中が変わる、というステップを踏んでいくだろうことはまず間違いありません。

 現在進行形で起きている(1)の段階での技術革新は注目を集めます。メディアも熱心に報道します。大いに「激動」を予感させるのですが、要素技術の上位システムへの統合に必要となる時間を考えると、自動運転が世の中に大きな影響を与えるイノベーションは当分先であるというのが我々の結論です。

 ユーザーである我々にしてみれば、まだ若い杉浦は自動運転のイノベーションを生活の中で享受できる可能性が高いのですが、すでに50代半ばの楠木は死んだときに火葬場に運ばれる霊きゅう車で自動運転を体験できる(といっても既に死んでいるので正確には「体験」とは言えない)かどうかがギリギリのところではないでしょうか。自動運転に期待することなく、今から加齢に伴う運転能力の劣化にせいぜい気をつけたいと思います。

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