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 一橋ビジネススクールの楠木建教授と社史研究家の杉浦泰氏による人気連載「逆・タイムマシン経営論」。経営判断を惑わす様々な罠(わな=トラップ)を回避するすべを、過去の経営判断や当時のメディアの論調などを分析することで学ぶ。第1章では、「AI(人工知能)」や「サブスクリプション(サブスク)」といったバズワードに象徴される「飛び道具トラップ」を分析した。

 第2章のテーマは「激動期トラップ」だ。技術革新が起きるたびに、「今こそ激動期!」「これまでの常識が通用しなくなる!」といった言説がメディアをにぎわせ、経営判断に大きな影響を及ぼしている。なぜ、「激動期」は繰り返されるのか。そして、そのトラップをどのように回避したらよいのか。再びタイムマシンに乗って、過去に学ぶ旅に出よう。第2章の第1回は、自動運転の登場といった「激動期」が繰り返されている自動車業界を検証する。

楠木建(くすのき・けん)
一橋ビジネススクール教授
1992年、一橋大学大学院商学研究科博士課程修了、一橋大学商学部専任講師、同助教授、同大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授を経て、2010年から現職(写真:的野弘路、以下同じ)

 第1章で考察した「飛び道具トラップ」は、ある特定の企業の文脈での局所的な成功が、その事例文脈から独立してどこでも効果を発揮する「万能の必殺技」であると誤解されることで発動するものでした。つまり、飛び道具トラップは、観察対象と自社の文脈の差異を無視ないし軽視することによって生じる「空間軸上でのトラップ」といえます。これに対して、今回から始まる第2章は、「激動トラップ」と我々が呼ぶ「時間軸上でのトラップ」を検証します。

 タイムマシンに乗って近過去に遡ると、興味深いことに気づきます。それは、人々がいつの時代も「今こそ激動期!」「これまでの常識は通用しない!」「世の中は一変する!」という認識を共有しているということです。日経ビジネスのアーカイブをひもとくと、そうした傾向がはっきりとうかがえます。

 当然のことながら、人間である以上、誰も正確には未来を予知予測することはできません。同時代の名経営者であれ、名政治家であれ、敏腕アナリストであれ、所詮は生身のヒトであり、予言者ではありえません。

杉浦泰(すぎうら・ゆたか)
社史研究家兼ウェブプログラマー
1990年生まれ、神戸大学大学院経営学研究科を修了後、みさき投資を経て、現在は社史研究家兼ウェブプログラマーとして活動。社史研究は2011年からスタートし、18年1月から長期視点をビジネスパーソンに広める活動を開始(ウェブサイト「決断社史」)。現在はウェブサイト「The社史」を運営する

 ところが、不思議なほど簡単にヒトは「未来はこうなる」という予測に流されてしまい、「今こそ激動期!」という言説を信じる傾向にあります。ここに同時代性の空気が加わると、「これまでの常識は通用しない!」となり、「時代の変化に適応できない者は淘汰される」といった危機感があおられます。

 未来は誰にも分かりません。しかし、過去は厳然たる事実として確定しています。大量に蓄積されたアーカイブをたどることで、誰でも容易に確定した過去を知ることができます。未来を考えるにしても、いったん近過去に遡って人と世の思考と行動のありようを冷静に見極め、そこから未来についての洞察を引き出す。我々の「逆・タイムマシン経営論」の眼目は、この「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の構えにあります。今回は「激動期トラップ」を自動車業界を例に検証します。