むしろ、生産あたりの炭素排出量を抑えることができる先進国は今後、炭素税を導入し、新興国に対して炭素課税することで自由貿易を阻害する可能性が危惧される。また、温暖化抑制の点で見る限り、こうした新興国の成長を抑えることも一つの可能性ではある。
民主主義における政治家は地元の代表にすぎず、温暖化問題の時間軸から見れば近視眼的である。新興国の成長を妨げつつ、環境問題の改善を図ろうとするのは、ある意味先進国の政治家として自然な行動である。
さらに国際的な観点からは今後、環境か経済発展かを天秤(てんびん)にかけ、国際的な負担をどう分担していくのかという問題が出てくる。環境のために経済発展、自由貿易を阻害することは許されるのか? 経済理論では、二酸化炭素の外部経済性に応じた炭素税を導入すれば問題ないという明快な結論になるが、現実問題としては外部経済性をどのように評価し、どのような炭素税を導入すべきか、いろいろな議論が必要となることは必至である。
実のところ、国際的にルールが設定された炭素税を中国やインドなどで導入しても、最終消費者ベースで見ればそれほど大きな問題は生じないのではないかと考えられている。1つは、両国は化石燃料の消費国であり、国際収支的には純輸入国である。そのため、課税が国内ならその財政収入を有効利用すれば、国内の二酸化炭素排出量の少ない業種はその恩恵を被る。
また、一時的に石炭産業の衰退による離職者への社会保障に回すことも可能であろう。つまり、炭素税の問題は発展段階によるのではない。むしろ注意が必要なのは化石燃料の輸出国である。炭素税の導入により、生産者価格が減少し、需要が減少するという事態が発生すれば当然、最も大きな被害を受けるのは生産者で国際的に見れば純輸出国である。無論、日本も輸入国なので2012年に導入された地球温暖化対策のための税をより広範な炭素税としてぜひ拡大してほしいところである。
サウジアラビアやアラブ首長国連邦などの裕福な石油輸出国は、できる限り早く石油依存体制から切り替えつつ、炭素回収技術の開発に力を注ぐべきであろう。 前者は、地球の脱炭素化が化石燃料の消費削減を中心として進んでいくことになった場合に必要になることだ。後者は、化石燃料による二酸化炭素の排出を抑える技術を主体的に開発することで、石油消費量の削減を抑え、生産者価格が維持できるメリットがある。
一方でこうした余力がなく化石燃料に依存している国はどうすればよいのだろうか? 特に石炭輸出国では、将来的に石炭需要が大幅に減少する可能性もあり、大胆な構造改革が必要となる可能性がある上、オーストラリア以外の国では二酸化炭素回収技術の開発に回す資本がないと思われる。
その上、炭素税が仮に正当なレベルで設定されたとしても生産者価格は大きく下がると予想される。もちろん、石炭輸出に頼ってきた経済構造に問題があったと言えばそれまでだが、その石炭を利用して発展してきた国もあるわけである。
自助努力で改革を進める必要はあるが、国際機関によるなんらかの援助が必要となるケースもあるだろう。欧州グリーンディールでは、石炭産業の強いポーランドが厳しい二酸化炭素排出量の削減案をのむ代わりにEUからの巨額資金援助を得るか、あるいは資金援助なしに二酸化炭素排出量削減案から免除してもらうかの選択を迫られている。
世界銀行や筆者の所属するIMFも温暖化対策資金の融資や炭素税の導入に向けた議論を続けている。また、その過程で起こり得る金融システムの不安定化を未然に防ぐため、中央銀行にもストレステストなどの実施を提言している。温暖化問題は世界共通の問題である一方、その負担を均一にすることは、現実には難しい。
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