自然条件の変化=経済コスト

 異常気象だけでなく、文字通りの温暖化そのものも経済活動の低下につながるという研究がある。同じ地域でも気温の高かった年と低かった年の差を見ると成長率の格差がある。また、世界的にも平均気温と所得には負の相関関係がある。これが因果関係なのか単なる偶然なのかは、さらなる研究が待たれるところである。

 こうした研究はまだ始まったばかりだ。気温と所得の関係がその他の要因、例えば、社会制度・宗教などの影響をコントロールした上で検討したいのだが、制度や宗教など自体も気温の影響を受けている可能性があり、気温の所得効果というのは同定しにくいのである。(注1)。

 ちなみに、かつては寒冷地のロシアなどでは温暖化により耕作地が増え、経済的な利益が増えるのではないかとみられていた。しかし、永久凍土の上に多くのインフラが設置されているため、温暖化により永久凍土が融解することによってインフラが破損するという損失が無視できず、自然条件の変化というのは基本的には経済的なコストが発生するものだと認識されている。

温暖化によりコメの品質低下に懸念も

 そして人類に及ぼす影響以上にその影響が計り知れないのが生態系への影響である。温暖化による植物の分布の変化は飢饉やその植物を利用する動物などへの影響がある。また、生態系の変化に伴う森林破壊により二酸化炭素吸収量が減少することもあり得る。そして、最も恐れられているのが海水温の上昇による植物プランクトンの生態変化である。日本ではサンマの漁獲量の変動などによって、その影響を感じられるかもしれない。滝本貴弘・農業環境変動研究センター研究員らは今後温暖化によりコメの品質が低下する可能性を指摘している。こうした、身近な生態系の変化は、報道などを通じてその影響が広く認識されていくであろう。

 しかし、地球上の酸素供給の70%は、地上の植物によるものよりも海水の植物プランクトンによるものであることはあまり知られていない。この小さな生き物が地球温暖化の影響により直接的にあるいは間接的に存亡の危機にさらされる可能性は、無視できない。プランクトンの減少による漁獲量の減少は実は大した問題ではない。植物プランクトンの減少の結果、地球が酸欠に陥る可能性が否定できないのである。

生物の適応速度に比べると光速の変化

 もちろん、地球の長い歴史では大気上の酸素濃度が低かったこともあるが、それは多くの動物は水棲だった時代や植物主体の哺乳類誕生以前の時代である。温暖化の1つの問題は、平均気温で見ると緩やかに思えても生物の適応速度に比べると光速ほどの速さで進行していることである。

 その結果、いつ不可逆的な変化が起きるか不明であること、そして、こうした不可逆的な変化が起きたときの影響が不明であることが問題である。読者には、地球温暖化が引き返すことのできないほどの大きな変化を引き起こし、その結果、人類が危機に陥る可能性があることを認識していただきたい。

気候変動を「科学」する

 地球の温暖化に関して、一部の政治家やメディアには否定的な見方をしている向きもある。だが、クック教授らによれば(注2)、97%以上の気候変動に関する査読論文を精査したところ、過去1世紀にわたる地球温暖化は人間の活動によるものだということでコンセンサスが形成されている。

 気候変動のもっと大きな要因が二酸化炭素排出量の増加であることも、科学者の間でほぼ異論はない。一部の気候温暖化懐疑派の論者は、過去数年の二酸化炭素排出量の変化と気温の変化の関係を挙げて相関関係の弱さを主張するが、実際に現人類の生誕(20万年前)以前からの長期にわたる二酸化炭素濃度と気温変化の関係を見ると、その強い相関が見て取れる。

出所:National Centers for Environmental Information(NOAA)
出所:National Centers for Environmental Information(NOAA)
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 気候変動の実態に関しては「気候変動に関する政府間パネル」などの情報を見ていただくと、そのデータの確実性や、科学者の間に見解の相違がある点について明快に書かれている。

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