4層の「レイヤ構造」で構成される「アリババ金融帝国」
アント・フィナンシャルは次の図に示すように4層の機能が重なり合って、顧客に価値を、パートナー企業や金融機関に事業機会を提供していると、筆者は考えている。
第1層が顧客の金融シーンの入り口だ。アリペイを窓口にして、顧客や取引などデータを収集する役割を果たす。決済を押さえることで、1つのIDで、オンラインからオフラインまで顧客を一元的にカバーできることが、エコシステム形成の重要な基盤となっている。
第2層は実体経済の金融ニーズに伝統的な金融機関が対応できていないギャップを埋める層。すでに見た「余額宝」やなどの金融商品(中国語では理財商品と呼ばれる)を開発してギャップを埋め、顧客を獲得してきた。今では保険や消費信貸と呼ばれる消費者向け金融ローンなど、幅広い商品群を抱えている。
アント・フィナンシャルについて、アリペイや「余額宝」などの金融商品の革新性が紹介されることが多いが、筆者は、その競争力の中核は次の第3層、第4層にあると考えている。
すなわち、アリペイ(第1層)と金融商品群(第2層)を支え、取引を活性化してエコシステムの経済的価値を高めるための信用体系やリスク管理体系のサポートシステムを運営する第3層と、技術的な基盤となる第4層だ。
この4つの層が補完し合って、アリペイ(モバイルペイメント)が収集するデータから個人や中小企業の信用創造をし、更なる取引を喚起することで、エコシステムを拡大している。
このように、各機能が層のように重なり合って、顧客やパートナーに対して価値を提供することを「レイヤ構造」と呼ぶ。これはプラットフォーマーとしては重要な競争戦略である。
プラットフォーマーは「自社がどの機能を押さえ、どの機能を他社(補完企業)にオープンにして、任せるか」という、「オープン&クローズ戦略」に基づいてレイヤ構造を設計する。優れたレイヤ構造の設計が、柔軟な「オープン&クローズ戦略」を可能にするという面もある。
アント・フィナンシャルは、自らのポジションを「金融業界のタオバオになる」と宣言し、「金融機関ではなく、プラットフォーマーになる」方針を明確にしている。アリペイ(第1層)と信用体系等のサポートシステム運営(第3層)、テクノロジー(第4層)を自社で押さえる一方、金融商品の開発(第2層)は、金融機関にオープンにしていくことが基本戦略だ。
ここで言う「オープン化」とは、自社以外のリソース(ヒト、モノ、カネ)、知識、アイデアなどを活用して、自社の競争優位を築くことであり、そのためにパートナーとなる企業の商品・サービスの開発を支援することを指す。今やどの業界でも言えることだが、企業が必要とする知識や技術の幅は広く、深くなっている。さらにデジタル技術の革新で、そうした知識や技術を入手するコストも安くなっている。こうした環境変化が、アント・フィナンシャルのオープン化を後押しし、イノベーションを生み出す源泉にもなっている。
アント・フィナンシャルのオープン化の対象相手としては、金融機関やISV(独立系ソフトウエア企業)、パートナー企業(小売り、飲食等)がある。アント・フィナンシャルはテクノロジーやデータ、顧客とのシーン(場)を提供して、パートナーに新しい商品やサービスの開発を促す。そうやって生まれた商品やサービスが、巡り巡って、アント・フィナンシャルのエコシステムの中身を充実させる。こうして、アント・フィナンシャルは消費者向けであれ、中小企業向けであれ、必要なときに必要な場所で、金融サービスを提供できるようにしているのだ。
もちろん、オープン化戦略を進めると、様々な主体がエコシステムに参加してくるので、品質を保ち、詐欺などの不正行為を防止するための「ガバナンス」の取り組みも重要である。「ガバナンス」の取り組みは、エコシステム参加者の間の情報非対称(各取引主体が保有する情報に差があるときの、その不均等な情報構造)の解消を主目的とする「信用体系」と、本人であることを「識別」し、「不正検知」等を行う「リスク管理」から構成される。だからこそ、第3層で示した信用体系やリスク管理体系のサポートシステムは欠かせない。中国では「アリペイの歴史は不正対策の歴史」と言われるほど、アリババは様々な不正との闘いを経験し、スキルとノウハウを磨いてきた。「1日に4兆円!『独身の日』から読み解くアリババの技術戦略」で見たように、まずは実践を積み重ねながら、世界ナンバーワンとも称されるフィンテック企業が生まれたのだ。
もっとも、創業者の馬雲氏らの視線はもっと先にあるようだ。馬氏らはアント・フィナンシャルのポジションを、「テックフィン(Tech Fin)企業」だと定義し、「テクノロジーによって金融を再構築する」ことを打ち出している。テックフィンは、「データのシェア」「ニーズの掘り起こし」「ロングテールのトラフィック」「計算機能力」を提供することによって金融機関等をエンパワーメントして、「金融を再構築」することを骨子としている。これらの構想を実現する鍵となるのが、「オープン化戦略」であり、裏で支える「ガバナンス能力」と言えるだろう。
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