アメリカの参戦とスペイン風邪で第1次世界大戦が終結

 第1次世界大戦が起こったとき、三国同盟からイタリアが抜けてしまいます。そのため、現在の歴史書では三国同盟ではなく、ドイツとオーストリア=ハンガリー帝国に、ドイツの3B政策で深く結びついていたオスマン朝(トルコ)を加えた中央同盟国という言葉が使われています。この中央同盟国に対して、露仏同盟のロシアとフランスに英仏協商を結んでいた大英帝国が加わった3国対3国で、まずヨーロッパで戦争が始まります。

 日本は何の関係もありませんが、日英同盟を結んでいることを名分に勝手に戦争に加わります。そして中国にあるドイツの植民地を奪っていきます。ヨーロッパで列強が死に物狂いの戦争をやっているので、ちょっとくらいアジアで勝手に振る舞っても誰も気が付かないだろうと考え、色気を出して1915年5月9日に「対華21カ条の要求」を出します。中国に対して、「韓国と同じように日本の言うことを聞け」と要求したのです。相手は袁世凱です。

 ところが、袁世凱はひどい人ですが、さすがに中国人の魂は持っている。ヨーロッパ列強が戦争をしている中で火事場泥棒のような日本の要求は、さすがに頭にくるわけです。袁世凱もそれぐらいの根性はありました。袁世凱は日本の要求を上手にリークします。当然、中国の人々は激怒します。21カ条の要求を受諾した5月9日は「国恥記念日」とされ、反日感情が巻き起こってしまいます。

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