全19019文字

アヘン戦争とアジアのたそがれ

 アジアに話を移します。アジアはたそがれています。まずベトナムで阮(グエン)朝というフランスの支援を受けた新しい王朝ができます。それまで北ベトナムは海賊の根拠地になっていましたが、強い権力が確立したら海賊は追い払われます。中国の海賊は他に逃げ場がありません。1810年、最後の海賊、張保が清朝に投降して、16世紀以降、倭寇の一翼を担っていた中国の海民の歴史は終わります。

 イングランドの東インド会社は1819年にシンガポール島を獲得します。また、1824年、アッサムを巡ってミャンマーと開戦し、ここでもイングランド特有のしたたかさを発揮して、一気に潰さず3回戦争をして併合します。1827年ごろにアヘンの密貿易により、中国から初めて銀が流出し始めます。つまり中国が貿易赤字になったわけです。

 それまでの中国は超貿易黒字国で、銀が入ってくる一方でした。18世紀には中国からイングランドへのお茶の輸出量は400倍になっていました。なぜかというと、産業革命を現出したイングランドでは、労働者を長時間働かせるための気付け薬として、砂糖を入れた温かい紅茶をたらふく飲ませていたのです。そうしたら、労働者は瞬間元気になる。みんなが飲んでいるから、貴族にもアフタヌーンティーという習慣が生まれたわけですね。

 この代金は全部、国際通貨である銀で支払っていましたが、イングランドにはもう銀がなくなったので、こっそりアヘンを中国に密輸したのです。アヘンは麻薬ですから、あっという間に需要は増えて、今度は中国から銀が流出し始めます。それまで中国経済は、お茶や絹の輸出で銀を獲得して繁栄していましたが、アヘンの密輸のおかげで銀が流出し深刻な社会問題となります。中国では税を銀納していたので、銀が不足して高騰すると増税と同じ効果になったのです。それで何度もアヘン禁止令を出します。これがアヘン戦争の原因となります。

 中国は林則徐という高級官僚を登用しました。林則徐は英語もドイツ語もフランス語も読めなかったのですが、アヘン密輸を取り締まる欽差大臣に任命されて広東に赴任するときに、北京じゅうにあった洋書を全部買い占めたといわれています。轎車に乗って何カ月もかけて陸路で広東に行くわけです。このとき、学者を連れていって、北京で買った洋書にどんなことが書いてあるのかを、耳学問で教えてもらいます。毎晩勉強していたのです。

 だから広東に着いたころには、イングランドがどんな国かも、アヘンの処理の仕方もすべて分かっていました。それでアヘンを全部没収して焼却してしまいます。イングランドはびっくりするわけです。「これまでの清の役人は、賄賂を渡したらみんな目をつぶってくれた。今度のやつは、賄賂を渡そうとしても全部突き返すし、めちゃ賢い。こんなやつが来たらもうアヘンの密輸なんかできない、えらいことや、どうしよう」と考えて、戦争を仕掛けるわけです。

 さすがにロンドンの議会でも「こんな不名誉な戦争はあるか」と反対意見が続出しますが、やはり背に腹は変えられず、アヘン戦争が起こります。イングランドは林則徐が固く守る広東を素通りし、天津に向かって大砲を撃ち込みます。清の宮廷はびびって、林則徐をクビにする。それで南京条約が結ばれ、中国はイングランドに香港を割譲し、上海など5港を開港します。しかし、肝心のアヘンについては一切触れられませんでした。ということは、今まで通り自由にやっていいということですから、中国はがたがたになります。

 林則徐は左遷されて、新疆ウイグルの総督になります。そのとき、林則徐は友人の魏源という学者に一生遊べるだけのお金を渡し、北京で集めた洋書を全部渡します。「これらの本に書いてあることはめちゃ役に立ったから中国語に直してくれ。いつかきっと誰かの役に立つ。自分は、これからはロシアのことを勉強しないとあかん」と言ってウルムチに去っていきました。

 魏源という学者も偉くてほぼ全部を漢訳します。それが『海国図志』です。幕末の時代に佐久間象山とか吉田松陰とか、志士たちが西洋のことを勉強しようとしてひもといた本です。だからある意味では、明治維新は林則徐の西欧列強に対するリベンジでもあるのですね。林則徐は最後の士大夫といわれていますが、大局観を持った優秀な中国の高級官僚の最後の1人です。

 がたがたになった中国では、洪秀全がキリスト教を独自に解釈した教団「拝上帝会」を結成し、「太平天国」を建国して清朝に反乱を起こします。1845年には、南京条約で開港した上海に、外国人の居住を認める租界が設定され、上海の発展が始まります。イングランドは、パキスタンのパンジャーブ地方でシーク教徒とも開戦。これも2回戦争をやり、その結果、ほぼインド全部を占領することになります。アジアで最後まで残っていたムガール帝国も落日を迎え、アジアのたそがれの時代に入るわけですね。