イスラムのインド・アフリカ進出

 イスラム世界に話を移します。ガズナ朝(962年~)は今のアフガニスタンを根拠に大王町を築いたのですが、そこにマフムードという天才が現れて、初めてインドに本格的な侵入を始めます。ここからインドがイスラム国家になっていく素地が生まれます。このときに南インドではチョーラ朝(846年~)という大帝国が起こっていて、ラージャラージャ1世、あるいはラージェンドラ1世という英傑活が現れ、スリランカやマラッカに遠征して海洋帝国をつくります。インド商人が東南アジアに本格的に出ていくきっかけはチョーラ朝です。

 インドでは北と南で大帝国が生まれつつあるったのですが、ではペルシャの方ではどうだったか。突厥(とっけつ)とウイグルが滅んで、チュルク系の部族が西方に進出していく中でイスラム教徒と出合い、イスラム教を受容した集団がトゥルクマーンと呼ばれるようになったという話をしましたね。そのトゥルクマーンの優秀な男子を養子として譲り受けて、英才教育を施して、マムルーク、いわば奴隷として、イスラム王朝の親衛隊として植え付けていった、という話をしました。そのトゥルクマーンのマムルーク出身のトゥグリル・ベグが大きくした王朝が、セルジューク朝(1038年~)です。「ダンダーンカーンの戦い」でガズナ朝を破ってさらに強盛となり、バグダードに入城してカリフからスルターンに任命されます。

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