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中国の儒家と老荘思想

 中国では、この頃から文書行政が始まりました。なぜ中国でいち早く世界に先がけて大きい国がいくつもできたかといえば、漢字と書写材料があったからです。そのスタートが戦国時代です。文字を書ける人(金文職人)は2つに分かれます。1つは大国の官僚になる。もう1つは、豊かになったのでもう宮仕えしなくても飯は食えるだろうと思う人です。後者が諸子百家になっていきます。そして孔子や老子、墨子などが生まれました。

 中国の伝説も全部この頃に生まれています。当時、気候が温暖になって鉄器が普及していましたから、がんがん木を切って国土を開発していきました。木を切ったら洪水が発生しますよね。中国では昔からある禹(う)の治水伝説が有名ですよね。紀元前2000年ぐらいの話です。またこの禹という賢人が夏(か)という最初の王朝をつくったという伝説もあります。そんなものはうそです。この時代の話をずっと昔の話として、盛ったわけですね。

 中国の思想史の構造は割とシンプルです。孔子の教え、儒家の思想というのは簡単にいえば、現世肯定です。平たくいうと「どんどん成長してお金もうけしましょう、立派になってお父さん、お母さんさんを大事にして先祖を手厚く敬いましょう」という考えです。

 これに対して墨子の教えは、自然破壊を憂えて「小さい国でもいい、清く正しく美しく生きましょう」という考え方です。でも人間はそんなに立派な存在ではないので、墨子のグループは絶対、多数派にはなれません。多数派になれない人は「自分たちで団結しなければ死んでしまう」と秘密結社的になっていくのです。

 それから知識人というのはだいたいひねくれています。「高度成長万歳って何を言ってるねん」「自然破壊はあかんでとか、清く正しく美しく生きようって、何を言ってるねん、人生そんなに甘いものやないで」と。そういうひねくれている人は、胡蝶(こちょう)の夢などという、ひねくれた考えに弱いんです。ですから中国の思想界は、最終的には儒家と老荘思想に分かれていきます。

 中国の本流は法家で法律で優秀な官僚が全国を治めるという考え方です。でもそれだけでは持たないので建前として儒教の「お父さん、お母さん、ご先祖を大事にしましょう」が必要となります。要するに、儒教は体制を擁護する考えで、でもそれだけだと社会が安定しないので、知識人やひねくれた人向けに老荘思想がある。中国の思想界はそういう構造で考えれば分かりやすいと思います。選択肢があるということで、社会が安定するんですね。

 ただ、中国で面白いのは、この孔子のグループから孟子という天才が生まれたことです。孟子は、王朝交代の理論をつくり上げました。前回お話ししましたが、神様は天にいて主権を持っています。そして下界は皇帝に任せているわけです。神様は下界をじっと見ていて皇帝が悪い政治をしたら、けしからんと警告を発すると考えるのです。その警告が飢饉(ききん)とか、大雨とか、天変地異です。「これは悪い政治をしているからや」ということになる。でも実際は、単に気候が変動しているだけですから、それはどうしようもないことです。気候が悪くなればお米も取れないし、麦も取れないので、暴動が起こって王朝がひっくり返ります。しかし、それを孟子は「天が警告しても悔い改めなかったから、天が人民に命じて革命を起こさせたんだ」という理屈をつくり上げたのです。これが易姓革命論です。天命が改(革)まって王様の姓が変(易)わるという意味です。

 孟子は易姓革命を2つの方法で整理します。武力で前の王様の首を切るのが「放伐」。前の王様に迫って王様の位を譲ってもらうのが「禅譲」です。革命を理論化したわけですね。禅譲といっても実際は脅して「譲らんと殺すで」といって譲ってもらうので、中国のほとんどの王朝交代はこの禅譲というパターンを踏むことになります。

 その禅譲にも様式があります。みんなが見ているところに禅譲台という広い舞台をつくって、そこで漢(東漢)の皇帝が曹丕(そうひ)に「立派な素質を持っているから皇帝を譲りたい」というわけですよね。曹丕(そうひ)は「いえいえ、とんでもない」と。これを何回か繰り返して「そこまで言うのならお受けします」と述べる。そういう儀式まで作ってしまうのです。有名な漢魏故事ですね。。

 しかし、よく考えてみたら天の声なんか誰にも分からないし、国が乱れて食べられなくなったら農民が勝手に蜂起を起こして王朝を変えてしまいます。だから中国の王朝交代はほとんどが農民蜂起から始まります。これは実はとても危険な思想で、ある意味では人民主権を認めているわけですね。

 中国文明が世界でぶっちぎって早く進んだのは、書写材料が豊富にあって記録が残っているからです。記録が残っていると、巨人の肩の上に立つことができる。前の人が勉強して到達したところからスタートできます。漢字があり、文献が大量に残ったということが、中国の文明が早く進んだ一番の原因だと思います。