全12060文字

花開くギリシャと仏教の誕生

 ギリシャではイオニアの自然哲学者という人々が現れて、万物の根源は何かという問題を考えだします。タレスは「水」と考えました。ピュタゴラスは「数」。ヘラクレイトスは「火」。人間の興味は外界に向いていました。

 ところが、ソクラテスという人物が現れて、「自分は何者だ」と人間の内面に質問を投げかけます。つまり、ソクラテスによる転回ですね。最初は自然科学から始まった哲学は、自分に問いを向けるようになって人文科学を生み出したといっていいでしょう。

 その後、プラトンという大天才が現れて、アテネ郊外にアカデメイアという学校をつくります。弟子のアリストテレスは、リュケイオンという学校をつくりました。プラトンとアリストテレスの2人で人間の考えることのほぼ全ての原型はできあがったといわれています。ホワイトヘッドという哲学者が「西洋の哲学の歴史はプラトンの解釈である」という名言を残しています。

バチカン宮殿に描かれたラファエロの「アテネの学堂」。プラトンやアリストテレスなどギリシャの哲学者や科学者が描かれている

 また、「人間が考え得る喜怒哀楽の全ては3大悲劇詩人の作品の中にある」といわれているソフォクレス、アイスキュロス、エウリピデスもこの時代に生まれています。ヘロドトスという歴史家が生まれたのもギリシャです。まさに文芸の百花繚乱(りょうらん)の時代が訪れたのです。あっという間に一面に花が咲いたような感じです。

 インドでも同様に「62見」が現れました。「見」は見識の意味ですから、すごい学者が62人ぐらいいたという意味です。アジタ・ケーサカンバリンという人は、「万物の全ては地、水、火、風の4元素からできている」と述べました。これはイオニア学派と同じことを考えているんですよね。それからゴータマ・シッダールタとマハーヴィーラという仏教とジャイナ教の始祖が生まれています。

 仏教やジャイナ教のような宗教がどのようにして起こったか説明しましょう。当時のインドはバラモン教で、これはアーリア人の宗教ですから、ウシが大好き。インド・ヨーロッパ語族は神様にウシをささげた後、自分たちで食べていたんですね。ところが当時の本来インドの人々はウシに鋤(すき)を引かせて田畑を耕していましたから、ウシは貴重な財産です。それなのにバラモンがやって来て、ウシをさらっていくので心底怒っていたわけです。嫌だといっても「お前は神様に反抗するのか」といわれたら抵抗できないでしょう。

 ところがそこにゴータマ・シッダールタやマハーヴィーラが現れて、「生き物を殺したらあかん」という宗教を持ち込みました。バラモンがやって来て「ウシを出せ、出さないと祟(たた)るぞ」といっても、「私は仏教徒です。ゴータマ・シッダールタはウシを殺したらあかんといっています。私は自分の宗教に従わなければいけません」という理屈ができるわけです。

 こうして仏教やジャイナ教はブルジョアの圧倒的な支持を得て、バラモン教は都市を追われることになります。今ではウシはインドの聖獣になっていますが、そのもとは仏教やジャイナ教にあったのです。

 インドは、ギリシャや中国と違って文献がほとんど残っていないので、昔のことがよく分かりません。西洋にはパピルスがありましたし、中国は竹簡や木簡に字を書いていましたが、インドは貝葉といって大きいヤシの葉に書いていたんです。ヤシの葉はすぐに腐ります。書いても、書いてもすぐに腐ってしまうんだったら、書き甲斐がない。だから歴史を残そうという発想が生まれなかったんですね。書写材料の差が文献の差になっていると考えたらいいと思います。

 ちなみに書写材料の中で一番強固なのはメソポタミアの粘土板です。粘土板に書いて焼いたら、金づちでたたいてもなかなか割れないし、壊れないので永遠に残ります。