これまでに世界1200都市以上を訪問し、読んだ本は1万冊以上という「知の巨人」、立命館アジア太平洋大学(APU)の出口治明学長の世界史講座。第2回は紀元前8世紀ごろから紀元後5世紀ごろまでの「知の爆発」。哲学もキリスト教も仏教も、人間の考えることのほぼ全ての原型がここで生まれた。
■目次
※本ゼミナールは、「2019年度APU・大分合同新聞講座」を収録・編集したものです
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1948年、三重県美杉村(現・津市)生まれ。1972年、京都大学法学部卒業後、日本生命保険相互会社入社。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て2006年退職。同年、ネットライフ企画株式会社を設立し、代表取締役社長に就任。2008年、ライフネット生命保険株式会社に社名を変更。2012年上場。10年間社長、会長を務める。2018年1月より現職。(写真:山本 厳)
「知の大爆発」前史
ある王様がいます。東の方にも別の王様がいるらしいのですが、どちらが偉いのか、どちらが上なのか分かりません。昔は新聞もテレビもありませんから様子が分からない。ではどうするかというと、一般には使者を送ります。美人を連れていったり、宝貝を山ほど持って相手の王様にプレゼントして「どうだ、俺はこんなに偉いぞ」と見せつけたりするわけです。もらった方は倍返しです。「いや、俺の方がもっと偉いで」と。お互いにプレゼントのやりとりをして、「あっちの方が上だな、やっぱり家来になろう」とか判断するわけです。それを「威信財交易」と呼んでいます。
中国の周という王朝は、この威信財交易ではぶっちぎって全勝していました。なぜかというと、商(殷)が滅んだときに、青銅器を作る技術を持つ職人を全員囲い込んだのです。ヒッタイト(紀元前17世紀ごろにインド・ヨーロッパ語族のヒッタイトが現在のトルコがあるアナトリア半島に築いた王国)が鉄器職人を囲い込んだのと一緒です。そうすると相手は誰も作れない青銅器を見て「負けた。これは家来になるしかない」となる。周はそうやって周囲を従えていきました。しかも、地方の君侯は漢字が読めないので漢字を刻んだ青銅器をさらにありがたい、貴重なものと思ったのでしょう。
ところが紀元前771年、西周が滅亡すると、囲われていた金文職人(青銅器に文字を鋳込む職人)が逃げ出します。これもヒッタイトのときと全く同じで、地方の君侯が喜んで金文職人を雇いました。そして、金文職人に周の王様からもらった青銅器に何が書いてあるかを読んでもらうと、300年前の周の祖先のことが青銅器に書いてある。すごい。周皇は貴種だと思い込むわけです。漢字の魔力ですよね。勝手に敬うわけです。同じことが、漢字が流出した東アジア全体にも起こります。中国の方も「そうか、俺を偉いと思っているんだったら悪乗りしてやる。俺は偉いんだぞ!」と。これが中華思想の始まりです。中華とは、周の都の辺りをそう呼んでいたのです。
当時の地中海は、フェニキア人(ポエニ人)が仕切っていました。ギリシャ人も海へ乗り出しましたが、フェニキア人が我が物顔で商売をやっている。そこでギリシャ人は「自分たちは何者かをきちんと定義しておかないと、フェニキア人にのみ込まれてしまう」と思ったのでしょう。「自分たちはヘラスの子孫である」とギリシャ神話を作っていきました。『イーリアス』や『オデュッセイア』は、ギリシャ人をフェニキア人と区別するためのアイデンティティーを確立したものなのです。
その頃のインドでは、因果応報思想を持っていたアーリア人と、地元に住んでいたインダス文明をつくったドラヴィダ系の人々の輪廻(りんね)転生の思想が結び付いて、「ウパニシャッド」という哲学が生まれました。
中国やギリシャやインドでは、紀元前500年前後に「知の大爆発」が起こります。ソクラテスが生まれ、孔子が生まれ、釈迦(しゃか)が生まれ、およそ人間が考えることの全てがこの時代に生まれたといわれています。カール・ヤスパースという哲学者は「枢軸の時代」という形容詞を付けて「紀元前500年に全世界で知が爆発したのは奇跡だ」と延べました。でも奇跡でも何でもありません。学問は社会に余裕がなかったら生まれないんです。
紀元前500年前後は、ちょうど鉄器が全世界に波及した時代です。その時代に地球が暖かくなります。鬼に金棒でしょう。鉄がある。鍬(くわ)やスコップをつくれる。がんがん農地を開墾すれば米や麦がたくさん収穫できるので豊かになるわけです。人類史上初めての高度成長が始まって生活に余裕が出てきたので、「じゃあ、勉強したいやつには勉強させておこう、ご飯ぐらい食べさせてやるわ」となるわけですね。これが知の爆発の原因です。
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