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ローマを共和国から大帝国に変えたカエサル

 その頃、ローマが少しずつ大きくなってきて、地中海の女王カルタゴとの間で「ポエニ戦争」を戦い、そして地中海の覇権を握って地中海の主になっていきます。アレクサンドロス大王の死後100~200年ぐらいです。

 ローマには、その後カエサルという天才が現れます。当時のローマはずっと共和制でした。ということは市民皆兵で市民が全員、参政権を持っているので直接民主制のようなものです。イタリア半島にいる間はそれでよかったんですが、地中海を越えてアフリカのカルタゴまで取ってしまったので、国土がものすごく広くなってしまった。

 そこでカエサルは「直接民主制ではもう持たへん」と、官僚をつくって職業軍人を置いて、帝国をつくることを考えます。カエサルは暗殺されますが、その後を継いだオクタウィアヌスがカエサルのグランドデザインを実現して、ローマは共和制から大帝国になっていくのです。

 その前に一幕あって、カエサルはまずポンペイウス、クラッツスの3人の有力な政治家で三頭政治を行うのですが、ポンペイウスを追ってエジプトに行き、そこでエジプトの女王であったクレオパトラ7世と恋に落ちて子どもをつくります。カエサリオンというエジプト最後の王様です。

 カエサルの死後、オクタウィアヌス、アントニウス、レピドゥスによる第2回三頭政治が行われます。カエサルの部下であったアントニウスはクレオパトラ7世と恋をして、オクタウィアヌスと戦うのですが、ここでオクタウィアヌスが勝利を収めたことで、エジプトはローマの領土になります。カエサリオンは殺されます。エジプトはすごく豊かな地域。オクタウィアヌスがエジプトという穀倉を自分の領土にしたこと、属州にしたことでローマ帝国はさらに強くなるのです。パンとサーカスという有名な言葉がありますよね。ローマの皇帝はパンを配り、サーカスのような催しをして市民の忠誠心をつなぎとめた。それができたのは豊かなエジプトを得たたからこそで、そのスタートはカエサルとクレオパトラ7世の恋にあったわけです。

 インドの話をしますが、アレクサンドロス大王はペルシャの国境であったインダス川まで行きます。今まで西の方からこれほどの大軍団が来たことがなかったので、インド人はみんなびっくりするわけです。アレクサンドロス大王は兵を返すのですが、「外敵が来たら大変だから、うちらもまとまらないとあかんな」ということで、チャンドラグプタという人がマウリヤ朝を開きます。アレクサンドロス大王の侵入が契機です。

 しかし、マウリヤ朝は長く続きません。3代アショーカ王の時代に最盛期を迎えますが、王の死後弱体化してすぐに滅んでいきます。インドは、北は平原、中央にとデカン高原、海岸沿いには山脈と、地理的に複雑なため、アレクサンドロス大王による刺激や、アショーカ王のようなカリスマがいなかったら統治できないのです。インドになかなか大帝国が生まれないのは、地理的上限が制約になっているのです。

 付け加えるとインドは南北に長い。ということは気候帯が違います。横長の大帝国は気候帯が一緒だからつくりやすいのですが、インドは縦長だから難しい。ですから最初に文明が起こったインダス川のほとり(パンジャーブ地方)とガンジス川のほとりという常に2つの楕円の焦点をもって国をつくっていくことになります。