全13360文字

武器と鉄器生産技術の確立

 メソポタミアはチグリス川とユーフラテス川の間に肥沃な地域があって周囲に山があります。山にもいろいろな人が住んでいて、山上からバビロンとかを見て「何かぜいたくしているらしいからちょっと取ってこよう」と人々が押し寄せて来るのです。だから王朝が長く続かないのですが、サルゴンが最初に大帝国をつった次に、ウル・ナンムという王様がウル第三王朝という統一国家をつくり、『ハンムラビ法典』で有名なハンムラビ王が再々統一します。

 ハンムラビの統一国家は20年ぐらいしか続きませんでしたが、ハンムラビの時代には、エジプトに侵入したヒクソスというグループによってチャリオット(戦闘用馬車)が誕生します。これが最初の軍事革命です。チャリオットはユーラシアの平原地帯で生まれたものらしいのですが、ウマと車を結びつけた2人乗りの戦車です。1人がウマを御して1人が弓を射たり、やりを投げたりするのです。

 これまで人間が武器を持って戦っていたのに、そこを猛スピードの車がやって来て弓や槍(やり)が飛んできたら勝てないですよね。このチャリオットを使ったヒクソスは当然戦争に強く、中王国はヒクソスによって滅ぼされてしまいました。

 同じ頃にインダス文明が1000年ぐらい栄えた後に滅んでいます。気候の変化だといわれています。産業革命が起きるまで、人類の主要な産業は農業ですから気候の変化はてきめんに効くのです。

 B.C.2000年ごろの大事な話は、アナトリアでの鉄器生産技術の確立です。初めてインド・ヨーロッパ語族が歴史に登場し、その中のヒッタイト人がヒッタイトという国をつくります。それまでメソポタミアで文明を営んできたのはセム部族、セム人といわれているグループです。エジプトは、ハム語族、ハム人です。

 インド・ヨーロッパ語族は後から出てきたのですが、中央ユーラシアから西方に移動してメソポタミアに入ろうと思うと、ウル・ナンム王とかハンムラビ王とか強い人々がいる。そういうところは避けてさらに西に行き、現在のトルコのアナトリア半島あたりで落ち着いたのです。幸運なことにその地域には鉄がありました。鉄によってヒッタイトは強くなります。

 少し遅れて別のインド・ヨーロッパ語族がメソポタミアを避けてギリシャに入り、ミケーネ文明をつくります。この人々がクレタ文明を滅ぼしたのではないかといわれています。ヒッタイトやミケーネの文明が起こったのはB.C.1600年ぐらいのことです。インド・ヨーロッパ語族は結構けんかが好きで軍事色が強いのです。

 その頃エジプトにはヒクソスを追った3つ目の王国、新王国が誕生します。治績には見るべきものはないのですが、黄金のマスクで有名になったツタンカーメンとか、ラムセス2世とか、ピラミッド以外のすごい大神殿は、だいたい新王国の時代にできています。

 B.C.1500年ぐらいから、メソポタミアが乱れます。例えばバビロニアはハンムラビ王の頃からメソポタミアの中心でしたが、カッシート人がバビロニアを治めたりします。それからヒッタイトは内乱を起こしてミタンニという新しい王国ができたりします。

 エジプトにとってはラッキーなことで、ライバルであるメソポタミアがけんかをしている間に強くなることができたのです。この時代にルクソールの神殿とかばかでかい建物がたくさんできて、エジプトの新王国は最盛期を迎えました。

 歴史を見ていると、運ってとても大事ですよね。強国ができても、お隣にものすごく強い国ができれば、けん制し合ってどちらも大きくなれません。その意味では、エジプトの新王国がものすごく大きくなったのは、たまたまメソポタミアが乱れていたからだと考えたら分かりやすいと思います。