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これまでに世界1200都市以上を訪問し、読んだ本は1万冊以上という「知の巨人」、立命館アジア太平洋大学(APU)の出口治明学長による世界史講座。歴史に親しんでこなかったビジネスパーソンでも楽しめるように、5000年史を動画とテキストでお届けする。第1回は、20万年ほど前にアフリカで誕生した人類が全世界へと旅をしながら文明を生み出していく様子を、秦の始皇帝の時代(B.C.221年~)までダイナミックに解説する。

■目次

  • グレートジャーニーの原動力は「ビフテキを食べたい!」
  • 世界初の帝国、共通語も博物館も図書館も作る
  • 武器と鉄器生産技術の確立
  • B.C.1200年のカタストロフィ
  • 「サボりたい」から生まれたイノベーション
  • 史上空前の世界帝国と人類初のグローバリゼーション
  • アレクサンドロス大王とクレオパトラ
  • ローマを共和国から大帝国に変えたカエサル
  • 中国を統一した大天才、始皇帝

※本ゼミナールは、「2019年度APU・大分合同新聞講座」を録画・編集したものです

出口治明氏 立命館アジア太平洋大学(APU)学長
1948年、三重県美杉村(現・津市)生まれ。1972年、京都大学法学部卒業後、日本生命保険相互会社入社。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て2006年退職。同年、ネットライフ企画株式会社を設立し、代表取締役社長に就任。2008年、ライフネット生命保険株式会社に社名を変更。2012年上場。10年間社長、会長を務める。2018年1月より現職。(写真:山本 厳)

 昔は歴史を学ぶといえば、「西洋史」「東洋史」といった具合に地域ごとに分かれていたと思います。僕がなぜ、「5000年史」という言葉を使っているかといえば、歴史は全部つながっているからです。地域ごとにばらばらに学んでも意味がないと思っています。

 人間の歴史というのは1つしかありません。この地球に住んでいた人間の歴史なので、それを文字が記録され始めた頃をだいたいの起点として、「5000年史」という表現で、西で起こったことも、東で起こったことも、全部まとめて理解した方が分かりやすいと思うのです。「5000年史」や「全世界史」という言葉を使っているんですが、細かい固有名詞はそんなに大事ではありません。皆さんに理解していただきたいのは、大きな流れです。「人間ってこういう大きい流れの中で生きてきたんやな」ということを分かっていただければ、すごくありがたいと思います。

 それでは、講義を始めます。

グレートジャーニーの原動力は「ビフテキを食べたい!」

 人間はいつごろ生まれたかといえば、20万年くらい前にアフリカで生まれたということになっています。これはいろいろな遺伝子分析や化石などから考えて、ほぼ間違いがないといわれています。そして一部の人がアラビア半島沿いにユーラシアの方に旅を始めたのが10万年ぐらい前です。グレートジャーニーといわれていますが、どうして旅を始めたかというと、ビフテキが食べたくなったからなんです。10万年も東アフリカにいたら、近くにあるおいしいものはだいたい食べちゃった。うっすらとアラビア半島が見えているので、一部の人は「あっちに行ったらおいしいウシやウマがいるかもしれない」と思ってユーラシアに全世界に散らばって行ったんですね。

 何でビフテキを求めて行ったことが分かるかというと、地層を掘っていくとメガファウナと呼ばれている大型草食獣の骨が、ある時代に激減して同時にホモ・サピエンスの骨が出始める。誰が考えてもこいつらが食べたんだなということが分かるわけです。人間ってやっぱりご飯が大事で、おいしいものを求めて全世界に散っていったというのが人間の歴史です。

 人間は20万年前に生まれてから19万年ぐらいは世界中を放浪していたのですが、1万年ぐらい前に定住を始めます。「食べ物やいろいろなものを探して世界中を放浪するのはもうやめた」と。ここにとどまって周囲を支配しようと考えだしました。

 植物を支配するのが農耕。動物を支配するのが牧畜。金属を支配するのが冶金ですね。そのうちに自然界の真理や原理も支配したいと神を創造します。定住が始まってからしばらくして、いろいろな人間の形をした土偶が作られるのですが、用途がわからないので多分拝んでいたのだと思います。定住によってそれまで存在しなかった農耕や牧畜を作り出す、つまりドメスティケーションというのがホモ・サピエンスの歴史の中では大きい契機になります。

 もう1つ大きい出来事が言語の発明です。これがいつごろ起こったかは実はよく分かってないのです。グレートジャーニーとほぼ同じ頃だという人もいるのですが、言語はコミュニケーションの手段ではなくて、思考のツールとして生み出されたというのが今の通説です。つまり言葉を使って考えることを始めたということです。B.C.4000年ごろ。メソポタミアで初めて文字が生まれました。ここからホモ・サピエンスの狭義の意味での歴史が始まります。

 文字はどうやって生まれたか。例えば、誰かがウマを借りに来たのでウマを貸します。ウマを貸したことを何か覚えておかないといけないので、粘土のボウルを壺(つぼ)に入れて「ウマ1頭貸した」と。今度は麦を借りに来る人がいる。「麦も貸した」と。同じ壺に入れたらこんがらがるので違う壺に入れておきます。でも取引が増えてくると壺も増えてしまうので、「じゃあ、ボウルに印を付けたら壺1つでいい」と、麦が「◯」とかウマが「△」だとか付けていく。このトークンの印から文字が始まり、取引が増えるたびに記号が複雑になっていって、文字が進化したといわれています。こうして世界最古の文明がメソポタミアのシュメールで始まりました。

 その次にエジプトに文明が起こります。メソポタミアとエジプトは陸路で行けますから、お互いに刺激しあって文明が起こったのですが、後から起こったエジプトの方が早く統一国家ができます。ピラミッドができたりするんですね。なぜかというと河川の違いです。エジプトを流れるナイル川は真っ平でゆったり流れているので物資の輸送も貯蔵するのも楽。蛮族がきてもすぐに分かります。ところがチグリス川もユーフラテス川も、ナイル川に比べれば急流です。蛮族も侵入しやすい。メソポタミアの方が先に文明が始まったのに大きい王国ができなかったのは、そのような地理的要素が大きかったからです。

 ピラミッドができた頃、第3の文明としてインダス川流域でも文明が起こりました。昔は、四大文明はばらばらに起こったと考えられてきましたが、そうではありません。シュメールとインダスは海路を通じて交易をしていたことが分かっていますから、刺激し合ってインダス文明も始まったと考えられています。インダス文明特有の印章などがバーレーンなどのアラビア半島の港とか、イラクで出土していることが証拠です。