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“開発型”に事業を転換、人材最適化で会社が復活

下請け仕事は受注量が安定しないため、どれぐらい従業員を抱えるかが難しい。受け身的な経営を脱却し、開発型に事業を転換した会社を紹介しよう。交渉の主導権を得たことで、人手不足に困ることがなくなった。

「失敗の連続だったが、下請けのポジションを自ら変えたことが変革をもたらした」(鈴木社長)(写真:水野浩志)

 「脱下請け」を掲げて、会社の事業方針を大きく転換させる──。人繰りに困らない対策の1つとして参考になるのが、最上(さいじょう)インクス(京都市)のケースだろう。

 同社は金属加工メーカーとして、大手電機メーカー、自動車メーカーから受注した試作品の製作と量産品の製造が事業の中心だった。

 だが、2008年のリーマン・ショックを機に事態が一転。当時、約20億円の売り上げのうち40%を占めていた試作品の製作依頼が止まった。大手企業の開発がすべてストップしたことが原因だった。

 リーマン・ショック前に本採用を決めた10人の新入社員は、翌年4月に入社したものの、仕事らしい仕事がなかった。「私たちはクビになるのでしょうか」と怯えていたという。

 2年後の2010年に同社のトップの就任が決まっていた鈴木滋朗社長は、そうした情勢を受け、大きな決断をした。それが「脱下請け」だ。

 先代までの経営は、いいものを大量に作れば大手に買ってもらえるという考えが通じた。しかし、消費は低迷し、製造現場ではグローバル化の中で厳しいコスト競争が進んだ。「中小下請け企業は大手から注文を受け、作ったものを納めたら代金をもらうビジネス。こんな経営はいつまでも続かないという確信だけはあった」(鈴木社長)。

 大手に依存したままでは、景気の変動や突然の方針転換によって経営が浮き沈みするリスクを抱える。まして本格的な採用難が高まる人手不足時代になってからでは、人員は容易に増やせない。

 そこで鈴木社長は、独自の商品を開発し、価格決定権を持つことを目指した。「大手企業からの発注を待つだけの経営を改めることが、中小が人材不足時代を勝ち抜く最適策だと考えた」(鈴木社長)。