「そう言われたんや、塾長に」
稲盛が勧めることは何でも実行に移した。
「手形をやめなさい」と言われれば、会社に戻るやいなや、総務部長に「おい、もう手形切るな」と指示する。大畑自身、なぜ手形を切らないほうがいいのか、そのときはよく分かっていなかった。「はあ? 資金繰りに困りますやん」とけげんな顔をされても、「ええって。そう言われたんや、塾長に」と押し切る。
すべては「稲盛塾長がこう言っていた」。塾長例会から帰ると決まって「今日、盛和塾ですごい話を聞いてきたぞ。まあ聞けや」と従業員をつかまえた。「社長はいつも、塾長の受け売りじゃないですか」と食ってかかる従業員もいたが、「受け売りの何が悪い。一緒に勉強しようや」と開き直り、稲盛の講演ビデオをみんなで見た。
従業員を育てるため「コンパ」も始めた。経営者が従業員と酒を飲みながら、働き方や生き方について腹を割って話すことを、盛和塾ではコンパと呼ぶ。稲盛は京セラでもKDDIでも、そしてJALでも、このコンパで従業員の心を一つにまとめてきた。京都の京セラ本社の12階には、今でもコンパ専用の大きな畳部屋がある。
実はそれまでの大畑も、よく従業員を飲みに誘ったり自宅に招いたりしていた。盛和塾に入る前、ある経営コンサルタントにそのことを話すと「社長と従業員の距離が近すぎてはいけない」と注意されたという。でも、稲盛は逆のことを言った。
「従業員とめしを食うのを、家族と食うより優先せんか」
稲盛は、自社の従業員のことを「中に住む従業員が……」と話すのが口癖だ。会社は家であり、従業員は家族という意識を持っているのだ。
大畑は稲盛のお墨付きをもらったことがうれしく、毎日のように従業員とコンパを重ねた。県外に店を出してからは車のトランクに炊飯器と鍋、米を常時積み込み、作業場の土間に段ボールを敷けば、すぐにコンパができるようにした。
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