稲盛氏が塾生のおでこをはたいた理由
その塾生は経済情勢に詳しいのか、GDP(国内総生産)などの数字を細かく出しながら話している。マクロ経済のことなど、ちんぷんかんぷんだった大畑には、ショックだった。さすが盛和塾だ。こんな高度な質問ができないと駄目なのか。自分はみんなのレベルについていけるだろうか、と。稲盛の横顔をうかがうと、質問の間、じっと目をつぶっている。これはきっとすごい答えが出るぞ。大畑は身を乗り出した。
ところが、質問が終わった、そのとき――。
両目をカッと見開いた稲盛は、すぐ右後ろに座っていたその塾生のほうを振り向きざま、おでこを平手ではたいた。
「おまえはバカか!」
稲盛は怒声を上げた。
「マクロもミクロも関係あるかい! そんなくだらん質問をするな。おまえの本当の悩みは、そんなことじゃないだろ!」
その塾生は座り直し、顔を紅潮させながら質問を再開した。
「申し訳ありません。私の本当の悩み……それは、社員が自分についてきてくれないことです。必死に頑張っているのに……」
稲盛は静かに語りだした。
「おまえさんに社員がついてこんのは、社員をほれさせていないからや。この社長についていこうと思わせなあかん。ええか、ほれられる人間になるためにはな……」
稲盛は経営ノウハウではなく、経営者の心を説く。「これが、他の経営者やコンサルタントと決定的に異なる点だ」と大畑は説明する。この塾長例会での一件をきっかけに、大畑はさらに稲盛に心酔し、「追っかけ」として活動していく。稲盛に引っぱたかれた塾生はその後ぐっと会社を成長させ、数年後に株式上場を果たした。
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