何を目的に会社を経営しているのか

 売り上げも利益も伸びてはいたものの、いや、伸びれば伸びるほど大畑の心はむなしさに覆われていった。従業員の尻をたたきながら、ただ毎日が過ぎていく。経営理念のようなものは一切ない。何を目的に会社を経営しているのか、自分でもよく分からなかったから理念のつくりようがなかった。ただ、「このままでいいのだろうか」という漠然とした不安があった。

 著名経営者の講演会や経営コンサルタントが開く勉強会に、片っ端から顔を出してみた。事業戦略や組織管理の方法など参考になる話は聞けたが、求めているものとはどうも違う。そんなとき、知人が1本の講演テープを貸してくれた。勉強会通いにもそろそろ嫌気が差していた時期だったので、受け取ったものの、テープは車内に置きっぱなしにした。

 それから数カ月。ふとテープの存在を思い出した大畑は、知人に借りた手前、「一応は聴いておくか」と気乗りしないまま再生デッキに差し込んだ。

 「経営者は、従業員の物心両面の幸福を追求するのです――」

 思わず車を道路脇に止めて、テープから聞こえてくる声に耳を澄ませた。声の主は稲盛和夫。稲盛が大畑一人のために語りかけているのではないかと思うくらい、心の奥深くにすとーんと一つひとつの言葉が落ちていった。

 稲盛の教えは、他の経営者やコンサルタントと何が違ったのか。大畑は盛和塾に入ってから間もない頃に遭遇した、こんなエピソードを教えてくれた。

 塾長例会の後半には、「経営問答」の時間が設けられている。稲盛を中心に塾生が車座になり、早い者勝ちで稲盛に質問していく。ある塾生が稲盛にこう質問した。

 「昨今のマクロ経済の動きを見ると、どうも動きが鈍い。翻って、うちの業界も市場がこう変化しています。塾長はどうお考えになるでしょうか」

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