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リスクと危険

 孫氏は「リスク」と「危険」を明確に分けている。弟の泰蔵氏にもこう話したことがあるという。

 「危険というのはある。その中でマネージできる危険、危険の最大被害が見積もれるものだけをリスクと呼び、見積もれないものは全部危険だ」

 従って、「リスクは取っていいけど危険は取っちゃいかん」。ここで言う危険を英語にすれば「Hazard」となるだろう。リスクとハザード。その違いをはっきりと認識しなくてはならない。

 最大被害が見積もれないまま、のるかそるかで勝負に出る行動を、豪快だとか、すごい、勇気があると褒めたたえることを、孫氏は戒める。「1回ぐらいはラッキーで何とかなるかもしれない。しかし、ビジネスは何回も勝負していかなければいけない話なんだから、その調子でやったら、どこかで終わる」

 リスクと危険の境目は大抵曖昧である。はっきり線引きできるものではないが、孫氏は、曖昧なままにはしない。「兄の場合は、分からない部分を徹底的に詰めにいくんです」。泰蔵氏は証言する。

 リスクと危険の境界線がぼやけていると感じれば、「その場で、何時であろうと、あらゆる人に連絡を取る。『Hey Jack!(ヘイ、ジャック)』などと言って、世界中の人々に電話をして疑問点をぶつける」という。ジャックとは、中国アリババ集団創業者のジャック・マーのことである。

 疑問をぶつける相手は「超一流」と決めている。超一流の頭脳から最新の情報を得た上で、リスクか危険かを判断する。決して曖昧にはしない。

 孫氏の真骨頂はこうした綿密な調査の末に、常人には危険としか思えない賭けの最大被害を見積もってしまうことだろう。最大被害が見積もれるなら、もはや危険ではない。防御の構えが取れる。よって危険がリスクに変わる。

 「I still don’t understand.(まだ分からない)」、孫は何度も、その言葉を周囲に繰り返す。強じんな精神力が、ハザードをリスクに変える。

一流攻守群

 ビジョンのために命を懸ける。命を懸けるからには、無策ではあってはならない。戦略が必要だ。その戦略とは、いかなるものであるべきか。孫氏の答えは、「一流攻守群」。「孫の二乗の兵法」を構成する25文字の中の5文字である。以下、孫氏の言葉と共に説明する。

 【一】ナンバーワンへのこだわり。

 「小学校ではほとんど1番しか経験していない。1番でないと気持ちが悪い」「やれるはずと思った分野は絶対に1番になると決める。圧倒的ナンバーワンにこだわる」「いかなる分野でも、1番になれる道筋を見つけてから手を出す」「2番は敗北だと思え」「2番はまだ途中。やりきれ」。

 だが、1番になることが目的ではない。「圧倒的ナンバーワンになって初めて、その本質的な意義を長く享受できる」「1番になれば余裕が生まれ、チャレンジできる。新しい技術開発で、お客様に対してより優しくなれる。本当の責任を持ちたい」。