<span class="fontBold">ぬまた・しょうじ</span><br />神戸物産創業者、町おこしエネルギー会長兼社長。1954年兵庫県生まれ、兵庫県立高砂高校卒業後、三越に入社。81年食品スーパー創業。フランチャイズ方式で「業務スーパー」を全国展開し、外食事業や全国に20を超える食品工場も運営。2012年、長男博和氏に社長職を引き継ぎ、CEOとして博和氏とダブルトップで経営を行う。16年、日本が抱える問題である食料自給率アップ、エネルギー自給率アップを大義名分とした町おこしエネルギー(兵庫県加古川市)を設立する(写真:松田弘)
ぬまた・しょうじ
神戸物産創業者、町おこしエネルギー会長兼社長。1954年兵庫県生まれ、兵庫県立高砂高校卒業後、三越に入社。81年食品スーパー創業。フランチャイズ方式で「業務スーパー」を全国展開し、外食事業や全国に20を超える食品工場も運営。2012年、長男博和氏に社長職を引き継ぎ、CEOとして博和氏とダブルトップで経営を行う。16年、日本が抱える問題である食料自給率アップ、エネルギー自給率アップを大義名分とした町おこしエネルギー(兵庫県加古川市)を設立する(写真:松田弘)

 経営者の経営に関しての信念や考え方、価値観は人それぞれです。それらは、これまでの育ってきた環境や経験から培われたものでもあると言えます。

 そこで今回は、私がなぜ会社員ではなく、経営者の道を進もうとしたのかを、昔を振り返りながらお話ししたいと思います。

 私は1954年、兵庫県加古郡稲美町で、兼業農家の末っ子として生まれました。裕福な家ではありませんでしたが、両親はとても優しく、私はいつも両親に感謝の念を抱いていました。それは大人になった今でも変わらず、「一番尊敬するのは父親、一番好きなのは母親」と言っているほどです。

 そんな私が「自分で事業を起こす」と決めたのは高校2年生のとき。自分としては大学に進学したくて、国立大学なら金銭的にも許してもらえると思っていましたが、それが難しいことが高2のときにはっきりしました。姉と兄は普通高校にすら通っておらず、私だけ特別扱いされていたこともあって、両親に無理は言えませんでした。

 私は当時、会社員は「学歴」がものを言うと考えていました。そうなると大学に行けない自分は、会社員としては厳しい。だったら起業しかない、自分でやるしかない、と考えたわけです。

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