『嫌われる勇気』の著者で、哲学者の岸見一郎氏がリーダーのあり方を説く連載の第57回。今回のテーマは「共同体」。みなさんはどんな共同体に所属していますか。

 何らかの共同体に所属していると感じられることは、人間の基本的な欲求です。しかし、ただ所属しているのではなく、自分がそこにいて、アドラーの言葉を借りるならば「くつろげる」ことが重要です。たとえ、所属する場所があっても、自分の居場所があると感じられなければ、日々の生活が苦痛になります。

 働いている人であれば、一日の多くの時間を過ごす会社が自分が所属する共同体ですが、自分が十分能力を発揮できていないとか、実力を認められていないという理由で所属感を持てないというようなことではなく、世間の共同体についての評価が変わると、突然居心地が悪くなることがあります。

 イエスが捕らえられ祭司たちから死刑を宣告された時、使徒の一人だったペテロは、我が身にも危険が及ぶことを恐れました。彼を見て「この人もイエスと一緒だった」といった人に、「私はあの人を知らない」といいました。

 ペテロが三度イエスを否認すると、鶏が鳴きました。その時、ペテロは、その日の朝イエスが「あなたは今日、鶏が鳴く前に、三度私を知らないというだろう」といっていたことを思い出し、激しく泣きました。ペテロは自分がイエスの一味であると思われたくなかったのです。

 イエスは正義の人でしたが、今の時代、組織のトップが犯した不正のために、組織全体の信用が失われることがあります。このようなことがあると、自分が組織の一員であることを誇れなくなるかもしれませんが、他方、こんな時でも会社への忠誠を示すべきだと考える人もいるでしょう。このような事態が起きた時、あるいは起きないように考えておくべきことがあります。

 人は家族、学校、会社、地域社会、国家など複数の共同体に所属していますが、その他に一人で暮らしている人でも誰もが必ず所属している共同体があります。それが「ヒューマニティ」(人類、humanity)です。

 このヒューマニティには、もう一つの意味があります。社会心理学者であるフロムは、外なるヒューマニティである人類の他に、「内なるヒューマニティ」があるといっています。これは「人間性」であり、「理性」「良心」という意味です。

 自分が所属している共同体が「人間的」(human)であれば、つまり、理性に従い良心に恥じない正義の共同体であれば、共同体か人類のどちらかを選ぶべきか葛藤しなくてすみますが、共同体に所属していることが不正に加担していると見なされる時にはどちらを採るか選択を迫られます。

 実際には、自分が所属する共同体を選択しないことは困難ですが、それでも理性的で良心的な人類という、より大きな共同体に所属していることをいつも意識していなければなりません。

 大げさな言い方だと思うかもしれませんが、仕事は自分たちだけが利益を得ればいいというものではなく、人類のためのものだと皆が自覚していれば、リーダーが組織を危険に晒すことはないでしょうし、そうでなければ同じことはいつまでも起こります。

岸見一郎(きしみ・いちろう)
哲学者。1956年京都生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学。専門の西洋古代哲学と並行して、アドラー心理学を研究。『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』(ともにダイヤモンド社)、『ほめるのをやめよう』(日経BP)など著書多数

(この記事は、「日経トップリーダー」2022年11月号の記事を基に構成しました)

岸見氏の著書『ほめるのをやめよう ― リーダーシップの誤解』が好評販売中。

上司であることに自信がないあなただから、
よきリーダーになれる。そのために―

◎ 叱るのをやめよう
◎ ほめるのをやめよう
◎ 部下を勇気づけよう

『嫌われる勇気』の岸見一郎が放つ、脱カリスマのリーダーシップ論

ほぼ日社長・糸井重里氏、推薦。
「リーダー論でおちこみたくなかった。
おちこむ必要はなかったようだ」

●本文より―

◎ リーダーと部下は「対等」であり、リーダーは「力」で部下を率いるのではなく「言葉」によって協力関係を築くことを目指します。

◎ リーダーシップはリーダーと部下との対人関係として成立するのですから、天才であったりカリスマであったりすることは必要ではなく、むしろ民主的なリーダーシップには妨げになるといっていいくらいです。

◎ 率直に言って、民主的なリーダーになるためには時間と手間暇がかかります。しかし、努力は必ず報われます。

◎ 「悪い」リーダーは存在しません。部下との対人関係をどう築けばいいか知らない「下手な」リーダーがいるだけです。

◎ 自分は果たしてリーダーとして適格なのか、よきリーダーであるためにはどうすればいいかを考え抜くことが必要なのです。

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稲盛和夫氏の書籍を続々刊行

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