<span class="fontBold">みなみ・けいた</span><br>1985年石川県生まれ。米カリフォルニア大サンディエゴ校経済学部を卒業後、2009年に大和総研に入社。東京都内の外食企業などの勤務を経て13年1月に家業であるチャンピオンカレーに入社。16年10月から3代目の社長に就任(写真:山岸政仁)
みなみ・けいた
1985年石川県生まれ。米カリフォルニア大サンディエゴ校経済学部を卒業後、2009年に大和総研に入社。東京都内の外食企業などの勤務を経て13年1月に家業であるチャンピオンカレーに入社。16年10月から3代目の社長に就任(写真:山岸政仁)
『日の砦』
著者:黒井千次
出版社:講談社
価格:607円(10%税込み)

 今回ご紹介するのは、黒井千次の『日の砦』という連作短編小説です。本連載では、単にビジネスに用立てられるかどうかより少し広い視点から書籍を紹介していますが、この本を通じて考えたいのは、日常で不意に鎌首をもたげる「不安」についてです。本作は「恐らく不安の本質とはこういったものだろう」ということを著者がかなり分かりやすく描いています。

 主人公である群野(むれの)高太郎は東京郊外の国立府中に住んでいます。還暦を過ぎた高太郎と堤子の初老夫婦、その息子である夏男と娘の秋子の4人家族です。高太郎の定年退職を祝い、珍しく家族そろっての食事をホテルで終えたところから第1話が始まります。

 電車で帰ればいいところ、いつしか貴重になってしまった家族そろっての時間を引き延ばそうとタクシーを選び、車内に乗り込みます。家族の満ち足りた空気に加え、食事で供されたワインによる酔いから眠気に襲われる様は、つつましい幸せを感じさせます。

わずかな違和感が不安を生む

 ところが、高太郎が暇にあかせて年配のタクシー運転手に話しかけた辺りから、不安がそっと忍び寄ります。たわいない会話が職歴に及ぶと、運転手は自らの過去を語ることを強く拒絶しました。

 高太郎は気まずさを持て余しつつも、今さら家族に明るい会話を持ちかけるのも気が引けたため、車内は重苦しい沈黙が広がります。

 タクシーが自宅に近づき、堤子が運転手に道を説明し始めると、運転手が地元の神社の名を知っているなど、付近の地理に異常に明るいことが分かってきます。

 都心で拾ったのに、タクシードライバーとはここまで道を知っているものだろうか…と高太郎はいぶかり始め、「果たして、この運転手に自分たちの家の所在を知られていいものだろうか」と逡巡(しゅんじゅん)し始めます。その後、不安は膨らむばかりです。

 現代社会で、不安はいつもすぐそばに在ります。経営者ならばなおさらです。私自身も特に経営に携わって以降、不安を感じる機会が多くあります。売り上げ・借り入れ・資金繰りなどは言うに及ばず、社内の人間関係や予想もしないトラブルなど、胃を痛くする出来事はないと胸を張れる経営者はそういないでしょう。

 そして私たちは、その不安を解消するすべをいつも探しています。群野家の日常的な不安の物語から、私が不安について考えることは大きく2つです。

 1つは、不安とは「気づいてしまう」ものではないかということです。不安を感じた人間が無理にそれを鎮めようとすることは、一度知ってしまったものを忘れようとする努力に似ています。決して成功しないと言っていいでしょう。

 そしてもう1つは、この情動はある意味で意識の機能そのものだろうということです。人間は、限られた情報をつなぎ合わせストーリーをつくり、未来を予測する能力に秀でた動物です。ですが皮肉なことに、それによってこそ私たちは無数の可能性の中からリスクシナリオを半自動的につくり出してしまい、自家中毒を起こしているのではないでしょうか。

 ご紹介した第1話の内容を見返していただいても、運転手の多少不適切な接客や、自宅付近の道に明るい点から、自分たちが危害を加えられる可能性を予想する高太郎の思考は明らかに非合理的です。ですが、会話の息遣い、声の雰囲気、果ては「不意に目をやったダッシュボード上の運転手情報が見えなかった」といった偶然から、読者は高太郎と共にそこに在る不安に「気づかされて」しまうのです。

理解すれば共存できる

 人間の機能に由来するため、不安を魔法のように解消するすべはありません。それでも、理解はできます。構造をメタ視点(全体を見渡す視点)で認識できれば、自分の中で起こっている情動を整理することができます。このプロセスに気づいてから、私は不安との共存を覚えたように思います。不安を覚えることは悪ではありません。それによる行動や思考の停止こそ、最も避けるべき行為なのだと考えます。

(この記事は、「日経トップリーダー」2021年11月号の記事を基に構成しました)

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稲盛和夫氏の書籍を続々刊行

■『経営12カ条 経営者として貫くべきこと

 実践のなかから生み出された経営の要諦である稲盛和夫氏の「経営12カ条」。その真髄をあますところなく語った書籍『経営12カ条 経営者として貫くべきこと』(稲盛和夫著、日経BP 日経新聞出版)がついに刊行。

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■『経営者とは 稲盛和夫とその門下生たち

 稲盛和夫氏を師と仰ぐ経営者たちは、どのように稲盛氏の教えを学び、実践してきたのか。「経営者とはどんな人間であるべきか」という根源的な問いへの答えが、稲盛氏と、その門下生たちの言葉から見えてくる。

 稲盛氏の「究極のリーダーシップ論」を実例とともに解き明かした1冊が文庫『経営者とは 稲盛和夫とその門下生たち』(日経トップリーダー編、日経ビジネス人文庫)になって登場。