お金も時間も必要ない

 私は以前、社員に向けてこう宣言しました。

「私は怒らないと決めた。みんなにも勧めたい。それは、会社を仲良しクラブにしたいわけでも、ぬるま湯に浸からせたいからでもない。そのほうが楽しいし、成長できるからだ。それを私たちのビジネスを通じて証明していこう」

<span class="fontBold">宅配寿司「銀のさら」などを運営。2021年3月期の売上高は前期比20.7%増の253億円</span>
宅配寿司「銀のさら」などを運営。2021年3月期の売上高は前期比20.7%増の253億円

 実際、宅配寿司における「銀のさら」のシェアは50%を超え、順調に業績を伸ばしています。

「怒らずに笑ってばかりいて経営ができたら苦労しない」と思うかもしれませんが、本当に「できない」のでしょうか。

 怒らないことは難しくありません。お金も時間もかからない、山にこもって修行する必要もない。怒りの感情が湧いてきたら、それはどんな不安と不満から生じた怒りなのかを自己分析してください。これならすぐに実行できると思います。(談)

「怒らない経営」実践編

「銀のさら」では誰も怒らない?

「怒らない経営」を掲げるライドオンエクスプレスホールディングス。
江見社長のもとで働く管理職2人に実践法を聞いた。
いかに社内に浸透させ、自身も感情をコントロールできるようになったのか。
*回答は2人の発言を合わせてまとめている

Q.1 「怒らない経営」をどう社内に浸透させているか

A.1 「こうすべき」ではなく、「このほうが楽だし得」と説明する

 怒らない経営の大事さを社員に語りながらも、「怒ってはいけないと頭では分かっているが、自分でも完全にはできていない」といった居心地の悪さや葛藤を以前は抱えていました。

 今、できないなりに苦しまなくなったのは、「こうしなければいけない」ではなく、「こちらのほうが楽だし、得だ」と考えられるようになったからです。

 部下に強要せず、「こういう考えで取り組んだほうが楽しいでしょう? いいアイデアも浮かぶよ」といった感じで話しています。

 例えば、感謝の気持ちがないと、怒りの感情が湧いてきやすくなります。そこで、「最近いつ、誰かに『ありがとう』と言った?」「感謝の気持ちをどんなときに感じる?」といった投げかけをして、気づきを促します。そういう機会をつくってあげることが大切だと考えています。

 こんなふうに話しても、ピンとこない部下もいます。その場合は、論理的かつ丁寧に、時間を惜しまずに説明します。「どうせ言っても分からない」と諦めない。ここが実は大きいのかもしれません。

Q.2 そうは言っても腹が立つ!

A.2 なぜそう考えるのか、相手の価値観を理解する

 気持ちはとてもよく分かります。「怒らない経営」を掲げていても、イライラすることはあります。ただ、相手に感情をぶつけても目的が達成されないし、何の解決にもなりません。怒りの気持ちでいっぱいになると、目的がどこかへ行ってしまう。

 そういうときは、例えば、なぜ部下はそうしたのか、そのような考えに至ったのかを理解することに努めるといいと思います。

 人それぞれ価値観が異なります。誰かが大事だと思うことを、別の誰かは全く大事だと思わない、あるいはその逆もあります。

 1人の人間として尊重して話を聞けば、「確かにそれを大事だと考えているのなら、そういう結論になるだろうな」と理解できます。また、相手の価値観に合わせた言葉で伝えることも可能です。

 まずは自分が「なるほど」と思えるまで相手のことを理解しないと、こちらが何を言っても届かないと思います。

<span class="fontBold">「銀のさら」直営店の運営総責任者を務める古徳亮治執行役員</span>(写真:菊池一郎)
「銀のさら」直営店の運営総責任者を務める古徳亮治執行役員(写真:菊池一郎)

Q.3 怒らないことの効用は?

A.3 より多くの衆知を集め、ビジネスに生かせる

 会議などで、上司が頭ごなしに怒ったり、「面倒くさいやつだな」と不機嫌そうな態度を取ったりしたら、部下はどうなるか。

 萎縮して何も言えなくなってしまい、100%どころか、50%程度の力も出せないでしょう。もしかしたら100に1つの素晴らしいアイデアを持っているかもしれないのに、あまりにもったいないと思いませんか。

「感謝の気持ちに基づき衆知を集め、すべてを容認し、自他共に正しく導く」が当社の経営指針です。1人で考えるのではなく、多様な価値観や考え方を持ったみんなの知恵をもれなく集め、容認する。

 ここで大切なポイントは「容認」です。容認を妥協のように捉える人がいますが、そうではありません。正しいとか、間違っているとかではなく、「なるほど。そういう考え方もあるのか」と受け入れることです。

 当社には良くも悪くも、天才がいません。だから全員で力を合わせて取り組むしかない。チーム一丸となって仕事をすると、実力の何十倍もの力が発揮できる。実際、それが売り上げにつながっているし、経営環境の変化にも対応できていると思います。

<span class="fontBold">経営理念や「怒らない経営」の浸透を図る、須藤潔人事部エグゼクティブマネージャー</span>(写真:菊池一郎)
経営理念や「怒らない経営」の浸透を図る、須藤潔人事部エグゼクティブマネージャー(写真:菊池一郎)

Q.4 怒りがちな人にアドバイスを

A.4 自分を優秀だ、絶対に正しいと思わない

「自分は優秀だ。私が言うことは絶対に正しい」と思わないことではないでしょうか。怒っている人の多くは、根本でそう思っているような気がします。

 部下はみんな優秀ですよ。いつも「よく頑張っているな。すごいな」と思いながら、仕事ぶりを見ています。みんなが助けてくれるから仕事ができる。そういう気持ちでいるので、怒ることがないのです。

 怒ることは、自分の価値観を押しつけることにほかなりません。相手の価値観を理解できない時点で、自分の器のほうが小さいのでしょう。

 迷ったときなど、折に触れて社長の江見の言葉をまとめた「心得帳」を開きます。誇張ではなく、これまで何百回と読みました。

「怒りとは無知」「怒りとは弱さ」という言葉に、「確かにそうだな」と納得し、それを頭の片隅に置いて仕事をするようになりました。

 偉そうなことを言っていますが、昔は小さなことでカリカリして怒っていました。今は感情がコントロールできるようになり、毎日楽しく仕事をしています。以前に比べ、楽に生きられるようになった気がします。

<span class="fontBold">社内報に掲載した江見社長の文章をまとめた小冊子「心得帳」</span>
社内報に掲載した江見社長の文章をまとめた小冊子「心得帳」

(この記事は、「日経トップリーダー」2021年11月号の記事を基に構成しました)

経営者として、さらなる高みを目指すなら――
中小企業経営者の成長を約束する会員サービス「日経トップリーダー」でお待ちしています。月刊誌「日経トップリーダー」、人数無制限のウェビナーをはじめ、社長と幹部の学びの場をふんだんに提供します。


まずは会員登録(無料)

有料会員限定記事を月3本まで閲覧できるなど、
有料会員の一部サービスを利用できます。

※こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。

※有料登録手続きをしない限り、無料で一部サービスを利用し続けられます。

この記事はシリーズ「日経トップリーダー」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。